NoをYesに変えてWin-Winの関係構築
「納得感」を生む交渉術

施主や協力会社、役所や近隣住民、現場の職人などとの間にはさまざまな“交渉”が発生する。交渉によって双方に納得感のある結果が得られればよいが、その逆の結果になれば仕事はうまくいかない。

相手との良好な関係を維持してビジネスを円滑に進めるためにはどんな交渉をすればいいのだろうか。

「納得感」を生む交渉術

NoをYesに変えてWin-Winの関係構築

相手を尊重する姿勢で、両者納得の結果に導く

一方的な折衝はNG。相互尊重の姿勢が大切

「交渉は勝負事ではありません。相手を打ち負かすのではなく、双方が納得して次のステップに進むためのものです」

こう話すのは、建設技術コンサルタントの降籏達生氏だ。建設業に限らず、ビジネスでの交渉は相手と〈Win-Win〉の関係を築き信頼を深めて、その後の仕事を円滑に進めるのが目的だ。立場や考えが異なる者同士、一方的な折衝ではいい結果は生まれないだろう。

降籏氏は悪い交渉の進め方として①攻撃的な交渉、②受け身な交渉を挙げた。
「前者は自分の言い分を押し付けようとする強い交渉です。後者はそれとは逆で、遠慮し過ぎて相手に合わせてしまう、弱い交渉です」

強い交渉をすれば要求は通りやすくなるかもしれない。しかし、自分だけが利益を得る〈Win-Lose(自分の勝ち・相手の負け)〉につながり、相手との関係を損なうおそれがある。弱い交渉をすると相手の要求を一方的にのんでしまって、〈Lose-Win(自分の負け・相手の勝ち)〉になり、こちらが不利な状況に置かれるだろう。

交渉の進め方としては、その中間の「アサーティブな交渉」がよいと降籏氏は言う。アサーティブとは「自己主張する」という意味だが、一方的に主張するのではなく、相手を尊重しつつ適切に主張することをいう。
「お互いを尊重しながら意見を交わす、アサーティブ・コミュニケーションという手法があります。一方的にならず相手を尊重する姿勢を双方が維持できればいい結果につながりやすくなるでしょう」

相手が受け入れやすい条件を事前準備で把握する

交渉には事前準備が必要だが、まず大切なこととして降籏氏は交渉を担当する人自身が「人間的な魅力を高める努力が必要」と話す。

「交渉相手に『この人に言われたら断れない』と思わせるよう、日ごろから周辺と良好な関係を築いておくことです」

好感が持てない人から頼み事をされても、素直に首を縦に振る気にはなれないものだ。これは交渉担当者の人選にも関係するだろう。

また無計画な交渉ではいい結果につながりにくい。降籏氏は「交渉準備シート」(図❶)をつくるのがよいという。「相手の要求や、譲歩できること・できないことなどをできるだけ詳しく整理します」

例えば価格交渉の場合、相手(発注者)とこちら(受注者)の希望価格が折り合わないことは多い。
「交渉担当者の判断で譲歩してよいラインを、事前に社内で打ち合わせておきます」

また譲歩する場合も、タダでは妥結しない。譲る代わりに相手に認めさせる条件案を複数用意しておく。
「発注者の希望価格で受注する代わりに、次の工事は優先的に発注してもらう、現場事務所を無料で使わせてもらうなどの条件を提示するのです」

降籏氏によるとこれは「はい」と了承しながらも、「ただし」とこちらに有利な譲歩案を求める交渉術だ。そのためには、相手にとってデメリットになりにくく、こちらにとってはメリットになるものを事前調査で把握しておく必要がある。できるだけ多く譲歩の“カード”を用意しておくのだ。

一度の“No”でひかない粘り強く熱意を伝える

いざ交渉に入ったら、アサーティブな交渉を心がける。そして降籏氏は「粘り強さも必要」だと話す。
「要求が通らないときでも『そこをなんとか』と3回は言うようにします。するとこちらの熱意を感じてもらえることがあるのです」


熱意に人間的魅力が加われば、交渉は成功しやすくなるだろう。

一度の「No」であっさり引き下がってしまうと、一方的に相手の要求を受け入れるだけになってしまう。熱意が伝わらないだけでなく、本気度を疑われてしまいかねない。相手から軽く見られてしまうこともある。

また相手側にとっても、要求を簡単に受け入れるわけにはいかない事情もあるだろう。「取り付く島もない」ような状況ならばいざ知らず、交渉継続の余地がある限りは粘り強い姿勢で臨むことだ。

住民からの相談事は即対応・即解決で信頼を得る

住民の不安は即座に潰して安心と信頼を醸成する

建設現場では、近隣住民との交渉が発生することもある。工事車両や重機の出入り、騒音や振動など、住民の不安も大きいだろう。苦情や要望が増えることもあるが、一番大切なことは「そんな不安をなくしてあげること」だと降籏氏。
「住民の生活や安心感に影響を与えそうなことにはしっかりとした対策を講じて、そのことを伝えてあげるのです」

また困ったことがあれば誰に連絡すればよいか、明確にしておくことも必要だ。
「住民の不安は即座に潰してあげることです。そのためには現場責任者が対応することが必須。連絡体制図などを事前に配布しておくのがいいでしょう」

誰に相談すればよいかわからず、現場にいた新人の作業員や警備員、たまたま資材の搬入に来ただけの業者の人に相談してしまうこともあるようだ。これでは困り事の迅速な解決にはつながらない。

住民には相談相手として「担当者の顔を覚えてもらう」ようにするのがよい。
「何かあってもあの人に相談すれば大丈夫、と思えるだけでも住民は安心できるでしょう」

信頼の積み重ね、人間関係の構築こそが「最大の交渉材料」と降籏氏は話す。

また工事に協力してもらっているという“感謝の気持ち”を持って接し、それを行動で示すことも大切だ。例えば地域のイベントや清掃活動などに積極的に協力して、住民と良好な関係を築いている建設業者もいる。“工事のついで”ではなく、日ごろから地域に貢献しておくのだ。それによって交渉事の芽を摘むこともできる。いざ交渉となっても信頼関係が構築できていれば、円滑に話し合いが進められるだろう。

相手の立場を考えてフォローも忘れずに

アフターフォロー次第で状況が好転することも

交渉後のアフターフォローも大切だ。成否にかかわらず、お礼の気持ちは伝えておきたい。こちら側が押し切るような結果になった場合は「受け入れていただいて助かりました」などと謝意を伝えるのもよい。

降籏氏は松下電器産業(現・パナソニック)の創業者・松下幸之助氏のこんなエピソードを紹介してくれた。
「あるとき幸之助氏が一人の部下と意見がぶつかったことがありました。結果的に幸之助氏が押し切る形になり、その部下は納得できないまま『もう松下を辞めよう』という思いを持って帰宅します。ところが家に帰ると妻に『今日、幸之助さんに怒られたの?』と言われたのです。なんと幸之助氏は部下が帰宅する前にその自宅に電話をして『先ほどご主人を厳しく叱りました。おいしいものでも作って励ましてあげてください』と妻に頼んでいたのでした。これを聞いた部下は幸之助氏の言い分に納得しようと努め、辞めずに松下に尽くそうと思うようになったのです」

部下にとっては、一旦は〈Lose-Win〉の結果になったものが、幸之助氏のアフターフォローで〈Win-Win〉に転じた事例だといえる。

時には、利害や本音に訴えることも必要

様態に応じて話の切り口を使い分ける

相手の利害に焦点を当てて、交渉を進める方法もある。

ひとつは相手が喜びそうなことを話すというものだ。例えば今週提出予定の書類を1週間延ばしたいときに、
「ただ『締め切りを延ばしてください』では了承は得にくいでしょう。『原価を下げる交渉をしていますのでもう1週間お時間をください』と、メリットになることを添えれば“Yes”を引き出しやすくなります」

逆に嫌がりそうなことをあえて話す方法もある。デメリットを提示するのだ。
「『この価格で受けてもらえないと次回から発注できなくなります』と合法的に“脅す”のもひとつの交渉術といえるでしょう」

なかなか決断ができない相手には選択肢を提示するのも効果的だ。「A工法とB工法、どちらにしますか?」と二者択一で結論に導くのだ。時間のロスも低減できる。

また“ほめ殺し”という方法もある。「この仕事はお客さんがぜひ君にやってほしいと言っているんだ」「あなたにしかできない」「前回の評価がとてもよかったから」などと言えば、相手から了承を得やすくなる。

コミュニケーション力を段階的に高める

交渉担当者はコミュニケーション力も必要だ。図❹のように、5段階で高めていくのがよい。相手の話を聞いて要望を把握する力、こちらの主張・要望、相手側のメリットを明確に伝える力を身につけておく必要がある。同時に書く力も重要だ。交渉の過程で文書によるやり取りが発生することもある。

また交渉相手になりそうな人とは、日ごろから親密性を高めておきたい。第一印象も大切で、最初に悪印象を与えてしまっていると、いざ交渉となったときにはそれが交渉全体に影響してしまうこともある。

冒頭で述べた通り、交渉は勝負事ではない。〈Win-Win〉に導くことができればよいが、常にそうなるとは限らない。もし〈Win-Lose〉になったとしても、相手側へのフォローや気遣いは忘れないようにしたい。


監修=降籏達生 文=松本壮平 イラスト=丸山哲弘

お話を伺った方

降籏達生(ふるはた・たつお)
ハタコンサルタント株式会社代表取締役。技術士(建設、総合技術監理)、労働安全コンサルタント、建設技術コンサルタント。1961年兵庫県生まれ。大阪大学工学部土木工学科卒業後、熊谷組を経て現職。研修コンサルティング実績は25万人を超える。『建設版働き方改革実践マニュアル』『今すぐできる建設業の工期短縮』(ともに日経BP)など著書多数。