近年、労働人口の減少、働き方改革などにより、多くの建設会社が人手不足に悩んでいる。
優秀な人材を採用し、離職率を下げるためには、改めて会社と社員との関係性を見直す必要がある。
その考え方と対策を2人の専門家に解説してもらった。
会社愛を育む「心の交換」術
なぜ辞めてしまうのかがわからない……
連帯感を強めるには
物質よりも精神に着目
会社は「報酬」を支払い、その対価として社員は「労働力」を提供するのが、一般的に理解されている雇用関係である。しかし、これはあくまで会社と社員の関係について一側面を説明しているにすぎない。
社員は生身の人間であり、その行動動機には、給与以外に、やりがい、責任、向上心、地位といった目に見えない「心」に関わる要素が潜む。社員が会社の方針に共感し、働き甲斐を感じていれば、「心」が満たされている状態といえる。当然、そうした社員が離職する可能性は低い。
心理学の博士号を持つ、株式会社Assatte代表の宗澤岳史氏は、経営者が社員の「心」をいかに満たすかが愛社精神を育む上でキーになると解説する。「雇用に問題を抱えている会社は、社員の心をぞんざいに扱い、信頼関係を築けていないケースが多々見受けられます。報酬と労働力の交換だけで成り立っている関係だと、社員は給与が下がった場合、仕事へのモチベーションが激減します。さらに、いま勤めている会社より給与が高い会社に転職してしまいかねません。もちろん物質的なサポートは必要ですが、会社サイドが普段からいかに社員を精神面で支えられているかが、社員を会社に留めさせる決め手となるのです」
情緒的な充足が
雇用問題解決の糸口に
そもそも私たちは、他者と心を通わせることなしに社会生活を送ることは難しい。会社が人間の集まりである以上、心を無視することはできない。心を無視された社員は組織に帰属意識を持てず、いつか会社を去ってしまうだろう。
「帰属意識のない社員は規定の労働時間内で命じられる作業をこなすだけになりかねません。しかし、愛社精神と業務への責任感を持っている社員は自主的に考え、創意工夫をします。結果として、会社の生産性が上がるのです」
会社と社員の間でこうした互恵的な好循環が生まれている場合は、会社と社員で「心の交換」ができているということになる。宗澤氏によれば、心の交換とは、会社(経営者)が社員のことを「心を持った個人」として尊重し、それに応じて社員は会社(経営者)に「愛着」を感じられる状態だという。
心の交換というと、「エンゲージメント」や「社員満足度」を連想する方も多いだろう。しかし、意味合いが少し違う。心の交換は、それらよりも会社と社員が距離を保ちながら関係性を育む“認め合う感覚”だと、宗澤氏は指摘する。
では、心を交換するための具体的な方法を紹介していこう。
愛社精神を育む視点を解説
①「会社のビジョン」を説明する
あなたは部下と心の交換が適切にできているだろうか。自信がないという方のために、宗澤氏に4つのチェック項目を教えてもらった。
「第一に、会社の経営理念やビジョンを明確に説明できているかどうか。社員はそれに共感できなければ、その会社で働く意義を見いだせません」
例えば、地方の建設会社の場合、就職希望者の多くは地元の若者である。彼らの中には、生まれ育った地域のために貢献したい地元愛から、志願する者もいるだろう。
であれば、自社がどのような理念や使命感をもって地域貢献しているかを正確に示すことが有効だ。
② 社員に働く目的を説明
最近の若者は自己実現や働くことの意味にかなり強い関心を持っていると言われている。そうすると、社員が会社に求めることも変わってくる。
「昔は、給与をもらうためなら命令された仕事は黙ってこなすのが当たり前でした。しかし、会社は社員に『その仕事は何のためにやるのか』『この仕事をすることで何に貢献できるのか』と、仕事の意義や目的を丁寧に説明する必要があります。そうすることで、社員のモチベーションを高めることができるのです」
昨今、金銭ではなく、自己実現ややりがいなどの“目に見えない価値”を重視する人が増えているからこそ、会社側にこのような説明がますます求められるだろう。
③ 社員にやりたいことを聞く
経営者が会社のビジョンや仕事の意義などを社員に伝えるのと同じくらい重要なのが、社員の望みを聞くことである。
「ほとんどの経営者は社員に対して『頑張ってね』とか『期待してるよ』とは言うけれど、『君がこの会社に求めていることは?』『この会社でやりたいことは何?』といった質問をしていないように見受けられます。社員のビジョンを知ることで、会社として協力できることを把握できます。協同関係が築ければ、会社への信頼感が増し、長く働いてくれるかもしれません」
このとき重要なのは、聞き方だという。
「会社と社員は仲良しの友だちになることが目的ではありません。例えば『この会社で君が我々と一緒にうまく共存するために、お互い幸せになるために、会社は君にこれを求めます。君は会社に何を求めますか?』と聞くことで、互いの利益につながる出口を見いだせます」
④ 会社の方針と社員の意向を一致させる
社員の希望を聞いた後は、それが会社の意向・ビジョンと一致しているかをチェックしよう。これも直接社長が社員に、「現在担当している仕事」と「やりたい仕事」が一致しているかどうか聞けばいい。
「合致していないなら会社のビジョンが正しく伝わっていないか、会社と社員の気持ちがすれ違っているということなので、見直す必要があります」
早い段階で気付けば、適材適所の人員配置など、社員の定着率アップにつながる施策を打てるだろう。
「会社そのものには満足しているけれど、自分の希望は叶えられていない、というケースはたくさんあります。その場合、社員のやりたいことを一つでもいいから会社で実現できるよう環境を整えます。そうすれば、会社と社員の結びつきは強固になるでしょう」
やはり最重要なのは経営者と社員のコミュニケーションだ。
定着度の高い企業が実践している4つの方法
では実際に社員が強い愛社精神を持ち、離職率が低い会社ではどのような施策を実践しているのだろうか。ここからは宗澤氏に加え、全国の建設会社の実情に詳しい建設コンサルタントの中村秀樹氏にも実例を挙げつつ解説してもらった。
① メッセージ発信・ビジョン共有
「人は組織に入ると、その組織にとって自分は存在価値があるかどうか確認したくなります。社員が『この組織に必要とされている』と感じられれば、多少不満があったとしても、愛着を感じているので、なかなか辞めないでしょう。逆に、『自分はこの組織にいてもいなくても同じだ』と感じていれば、他に自分を必要としてくれる会社、もしくはより条件のいい会社に移ってしまう可能性が高まるのです」(宗澤氏)
このような取り組みを実践している企業がある。
「新潟県のFという建設会社の社長は、一人ひとりの給与明細の余白に手書きで、今月の社員の働きぶりと労いの言葉を書きこむことを欠かしません。渡された社員は、それを家族に見せるほど、喜んでいるそうです」(中村氏)
このように社員は感謝された理由がわかると、自分のやった仕事は会社にとって「役立った」「必要だった」と体感できる。
「根拠に加え、『助かったよ、ありがとう』と感謝の言葉を伝えると効果的です。『よくやった』と言うだけでは一方向の評価にしかならないので、適切な心の交換ができているとはいえません」(宗澤氏)
② チームワーク強化
愛社精神を高める効果があるとよく言われているのが、仲間との関係強化だ。チームワークが高まると、その組織を離れがたくなり、結果として定着率が上がる。積極的に横の関係を強める仕組みや風土作りは効果的だ。そのためには、人間関係を円滑にしてくれるキーパーソンとなる人物をうまく配置することが重要だという。
「直属の上司は自分を査定・評価する人なので、仲間に加えることは難しい。そこで、上下関係や利害関係のない、他部署の人望ある先輩をアドバイザーに据えるメンター制度を取り入れるとよいでしょう。本音で話せる仕組みを作れば、横の関係が強化されます。ある会社では管理職や社長がメンターに『若手を誘ってランチに行ってくれないか』とお願いしている例があります」(宗澤氏)
そもそも地方の中小企業はそれほど頻繁に新規採用しない。新卒を2、3年に1人しか採らない会社も多いだろう。そのような環境にいる社員は、同期や歳の近い先輩・後輩が少なく、社内で孤独を感じてしまうケースが多い。
「特に生まれ育った土地で就職する若者は、一人で未知のところに飛び込むよりも、気心知れた学友と一緒にいたい傾向にあります。仲間がいない寂しさに耐えられず、同級生がたくさん働いている製造業に転職する人も多いようです。直近3年の新規採用定着率100%の東京都のM産業は、同郷の先輩社員と選考前に交流でき、入社後はメンターになるシステムを導入。また、人に関する悩みを支援するセンターを設置し、相談体制を整えています」(中村氏)
同期がいなくても社長や社内の人々の面倒見がよく、会社に愛着を感じられれば、なかなか辞めない。
③ 成長促進
「まずは社員が望むものは何なのかを把握する必要があります。最近、数多くの若手社員と接してわかったのは、彼らはお金よりも成長を強く望んでいるということです」(宗澤氏)
会社にとっても、社員が成長すれば、愛社精神を育めるだけでなく、会社の業績アップを見込める。
「低価格・高品質の仕事で顧客満足度が高い長野県のY社は、社員に対して社会人としての基本的なマナーから技術までしっかり教育しています。この会社に入れば人間として、さらに専門技術者としても成長できるとあって、入社希望者が後を絶ちません」(中村氏)
誰しも目的地がわからず、先が見えない真っ暗闇の中を長く歩き続けることはできない。会社で働く上でも同じことが言えるだろう。
「5年後、10年後の姿が見えないと、多くの社員はその会社にいることに耐えられなくなり、辞めてしまいます」(宗澤氏)
逆に、今取り組んでいる仕事が将来の自分を作る、という手応えがあると、社員の帰属意識が高まるはずだ。
「例えば自分自身ではなかなかわからなくても、管理職や経営者が『将来君にはこうなってほしいから』『君の望みを叶えるために、今この部署に配属してこういう仕事をしてもらっている。その次はこんな仕事をしてこんなふうにステップアップしてもらいたいと思っている』というふうに、その部署に配属した意図やこの先のキャリアパスを提示する。こうすれば、本人も今の仕事が未来につながっていることや前進していることがわかります」
④ 社員の家族も大切に扱う
社員だけではなく、その家族への配慮も重要だ。
「愛知県のMという建設会社の社長は、社員の親や妻に手紙を送っています。『あなたの息子さんは今こんな仕事をしていて頑張っています』とか『先日、ご主人はこんないい仕事をして表彰されました。現場で頑張ってくれたからです。ありがとうございました』といった手紙をもらったら、家族としては嬉しいですし、安心しますよね。帰宅してきた夫に愚痴をこぼされた妻が、社長からの手紙を見せながら『こんなにいい会社は他にない』と激励したエピソードを聞いたことがあります。家族に宛てた手紙には、こんな効果もあるのかと驚きました」(中村氏)
自分の家族まで会社の一員として大切に扱ってくれれば自然と、会社のために頑張りたくなるだろう。
社員と心を通わせると、会社にとってはさまざまなメリットがある。これまで紹介した方法を今日から実践してみてはいかがだろう。
監修=宗澤岳史、中村秀樹
イラスト=佐藤竹右衛門
文=山下久猛