私たちが物心つく頃から付き合いが始まる「勉強」。
子どもの頃から勉強が大好きでたまらないという人はそれほどいないのではないだろうか。
学生時代は受験、進級、卒業のために、親や教師から追い立てられて必死に勉強し、やっと社会に出たと思っても、勉強から解放されるわけではない。
社会人になったらなったで、昇進、スキルアップ、業績アップのための勉強が待っている。
むしろ社会人になってからの方が、評価や収入に直結するぶん、より重要になると言っても過言ではないだろう。
では、社会人にはどんな「勉強」が必要なのだろうか。
その方法を探っていこう。
役職&年齢別 明日を拓く「勉強法」
そもそも勉強とは何か?
学生にとっての勉強と、社会人にとっての勉強は質が異なる。前者は必要最低限の知識や教養を得るためのもの、後者は、自らの評価や収入を高めるためのものだ。ゆえに勉強は、「学校を出たらしなくていい」という性質のものではない。多くの人が社会に出ても勉強を続ける理由が、ここにある。
評価や収入に直結するとなると、勉強に取り組む姿勢はより主体的になる。この主体的な勉強こそが「個の成長」、引いては「組織の成長」につながるのだ。
事実、転職サイトの「エン転職」が実施した「社会人の学習習慣」についてのアンケートによると、7割のビジネスパーソンが「仕事に関わる知識やスキルの学習に取り組んだことがある」と回答している(図表❶参照)。
社会人と学生の違い
長年、企業の人事評価制度の構築・人材育成等を手掛けてきたコンサルタントの高城幸司さんは、勉強について次のように語る。
「皆さん学生時代にいろんな形で勉強をしてきているでしょう。社会人になるとさらに三つの勉強をしなくてはなりません」
以下がその三つだ。
まず一つは知識を身につけるための勉強。その仕事に必要な知識を身につける。そうしないと業務を適切に遂行することができない。
二つ目は物事の考え方を理解するための勉強。ビジネスにおいては、例えば上司や先輩、取引先と仕事をする際にどう取り組むべきかを学ぶことが重要だ。
三つ目は判断力を身につけるための勉強。社長や役員は日々、様々なことを決断しなければならない。その意思決定を正しく、迅速に行うためには日々の勉強が必要不可欠なのである。
すべての元になる「地頭力」とは?
勉強をする際、同じ量・時間をこなしても、もともと勉強が得意という人とそうではない人とでは結果に差が出る。その違いの一つに「地頭力」がある。
近年、地頭力に関する書籍が多数出版されたり、ビジネス雑誌等で特集が組まれたりと話題になっているので、知っている人もいるだろう。その流行のきっかけの一つと言われているのが、マイクロソフトの入社試験だ。従来のように単に知識を問うのではなく、考え方を問うようなものに変わった。
この変化はまさに企業が地頭のよい人材を欲しているという証左であり、それ以来、日本でもユニークな入社試験を実施する企業が増えてきた。では、地頭力とはどういうものなのか。高城さんはこう解説する。
「地頭力とは、ざっくり物事を捉えられる力で、与えられた問いに対して、細かいヒントがなくても大きく答えを外さない力と言えます」
例えば「東京ドームには人工芝が何本生えているか」という問いに答えられるかどうかで、地頭力を見極められる(図表❷参照)。
また、上司から「最近どう?」と聞かれた時の返答の仕方でも地頭力はわかるという。「ぼちぼちです」と答えたら、上司も「じゃあ頑張ってね」と言うほかなく、会話は終わってしまう。
「どう?」という質問の中には、上司が期待していることがある。個人的な業績のことなのか、仕事の進捗状況なのか、最近指導している部下のことなのか、はたまたプライベートのことなのか。上司がどのような答えを求めているかを想像して読み取り、正確に答えられたら評価も上がるだろう。
「つまり地頭力とは、勘所をつかみ、自分に求められていることを理解してそれに応えられる力のこと。目的を達成するためには、だいたいこういうことをやればいいということが理解できるので、効率のいい勉強法を自分で見つけることができるのです」(高城さん)
しかし「地頭のよさ」とは先天的なものというイメージがある。後から鍛えて地頭力を高めることはできるのだろうか。
「結論から言えばできます。コミュニケーション時に、常に相手が自分に期待していることをつかみ取ろうというクセをつければいいだけ。仕事における能力とはほとんど後天的に身につくものです」(高城さん)
相手が自分に求めていること、期待していることを察知する能力は新入社員、管理職、経営者と社内のあらゆる階層に必要とされるので、今から意識して鍛えておこう。
ブレない、迷わない、芯の強い社長になるには
仕事の選択肢を増やす
ここからは高城さんに、階層別に勉強法を解説していただこう。まずは社長だが、業績が上り調子の会社の社長は、例外なく勉強を欠かさない。そもそも社長にはなぜ勉強が必要なのだろうか。
「社長とは結果に対して全責任を負う人。すべての社長はいい結果を出したい、つまり会社の収益を大きくしたいとか会社を成長させたいとか社員を幸せにしたいと思っています。そのためにあらゆる手段を検討し、実行の命令を下します」
いい結果を出すためには、選択肢が多いほどいい。
「例えば、営業しかわからない社長よりも、営業、経理、人事、広報、製造など多くの部門のことがわかっている社長の方が正解を導き出す可能性は圧倒的に高いわけです」
この点一つとっても、社長に勉強は必要不可欠なのだ。
では、各部門についてはどのように勉強すればいいのか。すぐに思いつくのは、各部門での社員にヒアリングすることだが、「もちろんそれも大事です。しかしその時、ただ『最近どうだ?』と聞いても、何も有益な答えは得られないでしょう。だから、『こういう面で困ってることはある?』とか『こういうことに関して知りたいから教えてほしい』と具体的に質問することが重要です」と、高城さん。
そのためには、事前にその部門の職場で行われている仕事や最近の業績、課題など基本的なことは勉強して、自分が知りたいことについての質問の準備をきちんとしておくべきだ。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」──孫子の言う通り、やはり事前準備が肝要ということだ。
5年後を先取りする
高城さんはもう一つ、社長が勉強すべき重要な事柄があると語る。
「社長はこれから3年後、5年後を見据えて、身につけておかなければ困りそうなことを考えて勉強すべきでしょう。例えばこれからはグローバル化がどんどん加速するから、英語や中国語を勉強しよう、というふうに」
確かに将来を予測し、必要な事業戦略を立てることは社長の重要な仕事の一つだ。優秀な社長ほど、将来必要になると予想される分野の勉強を欠かさない。
とはいえ、特に中小企業の社長はただでさえ多忙を極め、勉強が後回しになってしまうこともあるだろう。しかし高城さんは、嫌でも勉強せざるを得ない方法があると言う。
「一般的に経営者は追い詰められた方が勉強します。だから勉強を始める前に、自分が身につけたいこととその期限を全社員に宣言するのです」
ブレるのも必要なこと
ブレるのも必要なこと
最終的に会社の進むべき方向を決断して全社員に命令する社長は、どんなことが起こってもブレたり迷ったりしてはいけないというイメージがある。しかし高城さんは、社長は大いにブレていいと断言する。
「今、我々は、状況が刻々と変化する、流れがとても早い時代に生きています。ゆえに、今日新しい情報が手に入ったら、昨日言ったことを変えても全く問題ありません。そのために、社長は自分の業界のことは元より、関係する周辺の業界、世界情勢まで日々の情報収集を怠ってはいけません」
しかし言うことがコロコロ変わる朝令暮改の社長に、社員はついていくのだろうか。
「ただブレて迷っているだけの社長には誰もついていきません。重要なのは、社長に会社を大きくしたい、あるいは社員を幸せにしたいという大きな目的があって、そのために誠心誠意命懸けで尽力するという覚悟があるということを、社員が理解しているかどうかです。理解していれば、発言が毎日変わっても社員はついていきます」
例えばあなたが所属している野球チームの監督が、しょっちゅう練習方法を変えるとしよう。その理由が、試合に勝つためとわかっていれば、ついていくだろう。逆にこの監督は勝ちたいと思ってるのかなと疑問に思えば、誰もついていかないだろう。
「そのためには社長が実現したいと思っている大きな目的、この会社をどうしたいのかという思いや覚悟を、社員に対してことあるごとにしつこく繰り返し伝えることが重要です。そうすることで社員は安心するので、その上でならブレても迷っても問題ないわけです」
信頼を獲得する手段
会社をより長く存続させるため、あるいは大きく成長させるためには取引先からの厚い信頼が必要不可欠だ。
「信頼を得るために大切なのは、まず相手に関心をもつということ。そして、相手の人となりやこれまでの経歴はもちろんのこと、相手の会社の基本的な情報、業界の商慣習、今起きている問題等を勉強することが重要です。その中から、興味をもったことや疑問を相手に聞いてみると会話が弾むでしょう」
今どき、ほとんどの会社は自社のウェブサイトをもっているし、社長ともなればネット検索すれば何らかの情報は得られる。思わぬ情報が出てきて、それをきっかけにお互いの距離はグッと縮まるかもしれない。人は、相手が自分のことに興味をもっていると感じるとうれしくなるし、その相手に対して好感をもつ。それが信頼につながる。そのための手間、つまり予習を惜しまないことが重要なのだ。
新聞は「朝礼のネタ用」に読む
コラム1
高城さんは、新聞はただ読むだけでは意味がないという。
「もちろん新聞を読み続けるのは大事なのですが、重要なのは、何のために読むか。読んで得た情報、ニュースをいかに仕事で使うかが大事なのです。私の場合、週刊誌の連載のネタとして活用しています。言い方を変えれば、記事を書こうと思うから、一生懸命新聞を読むわけです。だから社長としては、朝礼など、新聞から得た情報を発信する場所や方法を決めるといい。そうすれば自ずと、どんな情報を収集すればいいかがわかってきます」
知識や情報はただインプットするだけでは意味がなく、アウトプットして初めてその真価が得られる。それを意識、実行することで情報収集の仕方も変わるし、得た知識や情報が自分の血肉となるのだ。
社長に求められる「教養」とは?
コラム2
教養は直接仕事に関係しないが、人としての自分のあり方や考え方を伝えることができる。うまく活用して、相手が好感や尊敬の念を抱いたら、社員の忠誠心がアップしたり、取引先との関係性がよりよくなるなど、ビジネスとしてもいい影響が出る。
「特に歴史の流れから学べることは経営にも生かせるでしょうね。教養として身につけたもので物事の流れや動きを察知できるので」
では、教養は、いかにして身につければいいのだろうか。
「純粋な好奇心や興味だけで追求していけばいい。忙しさを理由にして好奇心に蓋をしていると、感受性が鈍ってくるので、常に自問自答するクセをつけ、今どんなことを知りたいのかという気持ちを大切にしてほしいですね」
中堅&技術者が「現場で学ぶ」とはどういうこと?
社長の分身になる
中堅社員に求められる重要な役目の一つに、社長のサポートがある。
「最も重要なのは、社長の言動から求めていることを察知すること。また、社長にとって優先順位が高いことを常に見出そうとする姿勢も大事です」
前述した通り、できる社長ほど指示や方針が毎日のように変わる。ゆえにその時に社長が最も重要視していることを察知することが必要なのだ。
「社長の右腕として活躍した人は、社長がどれだけブレても、『これだけは変わらない』ということがわかるので、先回りして対応できます。すると『さすが君はわかってるね』と信頼され、評価が高まるのです」
そのためには社長の日々の発言を一言一句聞き逃さず、些細な動きも見逃さず、観察し、何を考えているのか常に想像し続けることが必要不可欠だ。最初のうちは狙いを外すことも多いかもしれないが、続けていくうちわかってくるだろう。
視点を低くし、課題を見つける
よく管理職は「現場で学べ」と言われる。そもそも「現場で学ぶ」とはどういうことで、どうすれば実践できるのだろうか。
「基本的に現場の仕事は見える化できていないものが多く、自分の立場では全然わからないこともある。だから自分から現場の位置まで下りてみることが大事。そうすると見えてくるものがあります。その上で、その作業が必要な理由や、この仕事をよりよくするために問題になっていることなど、わからないことを一つひとつ聞いていけば様々なことが学べるのです」
後輩の手本となる
中堅社員のもう一つの重要な役割は、後輩・部下の指導・育成だ。そのためには彼らが憧れるロールモデルとなる必要がある。以前は、後輩・部下には細かいことは言わなくてもただ黙って自分の働く背中を見せればいいと言われてきたが、今はそういう時代ではないという。
「もちろん仕事ができる姿を見せることも必要ですが、今の若い人はそれだけじゃピンとこないので、丁寧に言葉で説明し、手取り足取り教えてあげる必要があります。さらに後輩・部下の話をちゃんと聞いてあげることがとても重要です」
「何かあったら俺に相談しろよ」だけでは不十分。まずはこちらから相手に関心をもって定期的に「何か困っていることはないか?」とアプローチする。そして返ってきた困り事について親身になって聞き、具体的なアドバイスで悩みを解決してあげる。
「その時に自分の経験を元に答えてもいい。十分いい影響を与えられるでしょう」
建設現場でも「時事問題」は必要?
コラム3
社長だけではなく、中堅・技術者も時事問題を知っておかねば仕事にならない時代。どの程度まで理解しておくべきなのか。
「まずは自分の仕事にとって重要だと思う時事問題だけを調べて理解することから始めればいいでしょう。それを続けていけば、次第にその周辺の関連する問題も目に入ってくるので、自然と把握できる範囲も広がります。そういう意味では新聞も専門紙よりも一般紙を読む方がよいでしょう」
現場では、クライアントから時事問題を話題にされることも多い。「とりあえずの場つなぎ」に時事問題は便利だが、そうした場面で話を合わせられるよう、最低限の時事問題は知っておきたい。
新人が社会人の基本マナーをマスターするには?
「ルール順守」が一番大事
新入社員が入社後、最初に受けなければならないのが新入社員研修だ。この研修で社会人として業務を遂行するために必要な最低限のビジネスマナーや会社や業界の基本的な事柄について学ぶ。この時、新入社員が気をつけなければならないことはルールを守ることだという。
「社会人の基本マナーはその会社ごとにあり、新入社員と先輩の礼儀には違いがあります。ゆえに、社会人の基本マナーをマスターするために大事なことは、まずは自分の勤務している職場の中の決まり事をきっちり把握、理解した上で守ることです」
例えば新入社員研修の講師を入社2年目の社員が担当することになっていた場合、新入社員が「2年目より5年目の先輩が担当した方がいいと思います」と言ったら、先輩の反感を買うし、研修を受けさせてもらえなくなるかもしれない。それで一番損をするのは、新入社員自身にほかならない。
コミュ力を磨く
建設業界では、社内の人間関係だけでなく、社外の取引先や施主とうまくコミュニケーションを取ることができないと、仕事を円滑に進めることは難しい。そのためのコツは、相手の話をよく聞くことだという。
「新入社員が上司や先輩、取引先、施主と話す際に大事なのは、相手が話し終えるまで全部聞き切るということ。相手がまだ話している途中で話し出すと、相手は不快に感じ、信頼してもらえないからです。わからないことは全部聞き終えてから質問を投げかけるようにしましょう」
コミュ力にも関係するのが、上のコラムでも触れた「時事問題」だ。しかし自分の業務を覚えることに必死な新入社員にとって、時事問題を追うのは難しい。
「いきなり新入社員に時事問題に関心をもて、と言っても無理な話です。そこで、新入社員を中心として、社内の改善活動をしてもらうのです」
改善を考えさせることによる副産物も大きい。特に下請けはそのパワーバランスから、元請けや施主からの理不尽なクレームを多く受けがちだ。新人がそのような環境に放り込まれると不平不満を感じ、それが離職率の高さにつながっているという一面もある。
ゆえに、「不」について考える習慣をつけさせれば、問題発見能力や問題解決能力が育まれ、タフな人材として成長することが期待されるのである。
新人の二大必読書
コラム4
高城さんに、新入社員の必読書を2冊選んでもらった。
●『入社1年目の教科書』(岩瀬大輔著/ダイヤモンド社)
ライフネット生命の社長が書いた新入社員向けの指南書。仕事を進める上で大切な「仕事の3つの原則」と具体的な50の行動指針が1冊に凝縮されている。「新入社員向けに平易な文章で書かれているから読みやすく、すぐに実践できます」
●『働く君に贈る25の言葉』(佐々木常夫著/WAVE出版)
『そうか、君は課長になったのか。』が大ベストセラーになった佐々木さんの著作。「テクニックではなく、働く上で有益となる大事な心構えがわかりやすく書かれているので、新入社員にはおすすめですよ」
プライベートを充実させる勉強の効能
頭の中で考えるだけではなかなか考えがまとまらないが、外に出すことで整理され明確になる。だからミスした理由やミスから学んだこと、それを明日からどう具体的に改善するかについて考える際、思いついたことを紙に書き出したり、パソコンで入力したりする方が、考えがより整理され、改善への意思が強固となる。
これが「失敗から学ぶ」ということの本質だろう。高城さんはさらに、「改善点は人前で発表してみるのもいいでしょう。そうすれば、より覚悟が固まるので、ミスは減るでしょう」とも付け加える。
勉強で公私満足!
一方、勉強はプライベートを充実させる効果もある。近年はワークライフバランスが叫ばれ、政府の働き方改革の影響もあり、個人的な時間の過ごし方を重視する人が増えている。
そのための勉強法とはどのようなものだろう。
「ひと頃に比べればだいぶ減ったとはいえ、ストレスの全くない職場はありません。ゆえに仕事のストレスを少しでも減らしてくれる場所を作ることが大事。そのために、まずはプライベートで取り組んだときに『心地いい』と思えるものを、興味に沿って探してみる。それにある程度取り組んだあとは、さらにその周辺に手を伸ばしてみる。プライベートにおいてもルーティンなことだけやり続けると成長がないので、少し新しいことをやる、常に挑戦していく、自分の枠を広げていくという意識が大事です」
こうした、プライベートを充実させる勉強は、教養を高めることにもつながる。高城さんは「教養はビジネスで大いに生かすべき」と言う。
「例えば、お酒が好きな方は多いと思いますが、日本酒の歴史や世界のお酒について調べていけば、それが教養となり、ビジネスシーンでの会話を豊かにさせることが期待できます」
何事も好奇心をもって追求することが勉強の本質であり、ひいては人間力を高めてくれるというわけだ。皆さんも新たに勉強を始めてはいかがだろうか。
監修:高城幸司
イラスト:佐藤竹右衛門
文:山下久猛