近年、どの業界においても理不尽なクレームや「言いがかり」とも思えるお門違いなクレームが後を絶たない。カスタマーハラスメント(カスハラ)被害についての報道も増え、行政が法律や条例などの整備に動き出す事態にまでなっている。このようなクレームを受けてしまった場合、どう対応すればいいのか。
そもそも「クレーム対応」にメソッドはあるのか?
今回は建設事業者に起こりやすい事例や、日々のクレーム対応に役立つ方法を紹介する。
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近年、どの業界においても理不尽なクレームや「言いがかり」とも思えるお門違いなクレームが後を絶たない。カスタマーハラスメント(カスハラ)被害についての報道も増え、行政が法律や条例などの整備に動き出す事態にまでなっている。このようなクレームを受けてしまった場合、どう対応すればいいのか。
そもそも「クレーム対応」にメソッドはあるのか?
今回は建設事業者に起こりやすい事例や、日々のクレーム対応に役立つ方法を紹介する。
どの業界・業種においてもクレームはある。とくに小売業や飲食業など一般消費者を対象とした、いわゆる「BtoC」といわれる業界では日常茶飯事ともいわれる。建設業はそれらの業界とは事情が異なるものの、クレームがゼロということはない。クレームはその対応を間違えると、顧客や取引先との関係がこじれてしまうおそれもあるため、しっかりと対応したいものだ。
最近は理不尽なクレームが増加傾向にあるという。“言いがかり”としか思えないようなお門違いのものや、ひたすら持論を展開するだけの“説教調”のものも多いようだ。とくに近年、SNSが発達したことにより、誰もがウェブ上で情報発信や主張ができるようになったことで「ネットにさらすぞ!」などと脅すケースも増えているという。
クレームの中には“顧客の正当なご意見”もあるが、理不尽な“イチャモン”もあり、その見極めが難しいケースも多い。質の悪いクレーマーの場合、見極めを誤るとその後のやり取りが“泥沼化”してしまい、担当者が疲弊してしまいかねない。大切な従業員を守るために、クレームをどう見極め、どう対処していくのがよいのだろうか。
そもそもクレームとはどういうものなのか。
この言葉を耳にしたとき、多くの人は「苦情」などのネガティブなイメージを抱くのではないだろうか。『どんなクレームも絶対解決できる!』(あさ出版)の著者で、クレーム対応の研修講師を多く務める津田卓也氏は次のように話す。
「クレームという言葉には要求する、要望する、主張する、意見を述べる、異議を申し立てるなどの意味もあります。必ずしも苦情といったネガティブな意味ばかりではありません」
クレームは顧客のニーズのあらわれでもあるという。
「いまも満足しているけれども、もっと満足したいという思いがクレームにつながっていることもあるのです」
クレーム対応窓口などに寄せられるものは、苦情ばかりとは限らない。「こうしたほうがいいのではないか」といった建設的な意見もある。それはその企業にとって「ビジネスチャンスでもある」と津田氏。そんなクレームならば現状の商品やサービスを見直し、改良する機会にもなる。実際にクレームがきっかけで新規ビジネスが生まれたケースもあるという。クレームはけっして悪いことばかりではないのだ。
ひと言でクレームと言っても、その内容や性質、目的で①一般クレーム、②悪意クレーム、③特殊クレームの3種類に大別できるという(図❶)。
①一般クレーム
商品・サービスなどが期待値を下回ったと顧客が思ったときに発生する。前出の建設的なクレームはここに含まれる
②悪意クレーム
金銭要求や業務妨害などを目的とした、明確な悪意を持ったもの
③特殊クレーム
お門違いの言いがかりや説教が目的のもの。被害妄想によるものもある
前述の通り、一般クレームはビジネスチャンスでもある。きちんとした対応ができればいい成果につながることもあるだろう。悪意クレームは専門の部署や担当者が対応する必要がある。場合によっては弁護士に相談するなど、法的対応も必要になってくる。特殊クレームのほとんどは、受け手側には何の落ち度もない。しかし延々とまとわりついてくることも多く、業務に支障を来すこともあるため注意が必要だ。
いずれのケースも、建設業でも十分起こりうる。クレームを受けたらまずはその種類を判別して、それにふさわしい対応をしなければならない。対応次第でチャンスにもなればピンチにもなってしまう、それがクレームなのだ。
建設業の場合、クレームを入れてくるのはおもに
・取引会社
・施主などの発注元
・建設現場の近隣住民
などである。内容としては
・工事の仕上がりに関すること
・建設現場の作業や作業員に関すること
などが多いようだ(図❷)。
建設事業者に寄せられるクレームには、ある特徴があると津田氏は指摘する。
「例えば飲食店の場合、少々気に入らないことがあってもクレームを入れずに“そのお店に二度と行かない”という選択をするお客さんは少なくありません」
そのような客は“サイレントクレーマー”と呼ばれているが、建設業界ではほとんどみられないという。
「道路工事や解体などの現場では、“邪魔だ”“うるさい”と思った人はその場で言ってきます。また、一般住宅の場合、施主には“高額なものを購入している”という意識があり、それが無理難題にもつながりやすいと考えられます。逆に建設事業者側も“高額なものを提供している”という意識から過度に真摯な対応をしようとして、それが原因でこじれてしまうこともあるのです」
現場の騒音や工事の仕上がりに関するものは一般クレームに分類されるが、悪意クレームや特殊クレームに発展してしまう可能性もあるという。
「誘導員の業務を妨害してまで延々と言いがかりをつけるとか、施主の中には平日休日、昼夜問わず担当者を電話で何度も呼びつけてクレームを入れる人もいます」
これでは担当者も精神的にまいってしまうだろう。休職や離職につながるケースも少なくないようだ。
これらのほかにも「作業員のガラが悪くて怖い」「作業員がたむろしてタバコを吸っていた」などといったものから「現場の前を車で通ったら落ちていた石ころでタイヤがパンクしたから弁償しろ」「通行止めで迂回していたら大事な商談に遅れてしまったから損害を賠償しろ」などのような、明らかな悪意クレームもあるという。
ではクレームにはどう対応していけばいいのだろうか。津田氏は一般的な方法として、まずは次のようなスタンスで対応すべきだと話す。
①相手の話をきちんと聞く
クレーム対応は「初動がきわめて重要」だと津田氏。おおむね最初の3分間程度は相手の話にしっかり耳を傾けることだ。この場合「ケンカ腰になったり論破してやろうとしてはいけない」という。
「対応が悪くてかえって怒らせてしまうことがあれば、逆にていねいに対応しただけで相手の怒りが鎮まることもあるのです」
②相手と問題を共有する姿勢で対応する
まずは相手の抱える問題に理解を示し、その上で「一緒に解決しましょう、というスタンスでのぞむのがよい」という。また相手の話を復唱したり、あいづちを打つことも必要だ。
「誤解を防ぎ、こちらが理解を示しているということが相手に伝わります」
③相手が指摘する問題を具体的にしていく
この場合、津田氏によると「6W3Hで問題を掘り下げていくべき」なのだという。
相手の抱えた問題を具体的かつ詳細に把握しなければ解決策や代替策も提示できない。冷静に話を聞いて解決に向けて動く姿勢を見せるだけでも、一般クレームの場合は事態が収束することもある。
ところがこれらのスタンスは、悪意クレームや特殊クレームには通用しない。では、どう対応すればよいのか。
最初から悪意クレームと決めつけることはできない。しかしヒヤリングの段階で金銭要求や業務妨害などの意図が見られた場合は悪意クレームと判断し、対応方法を切り替える。その場合は次の点に注意する。
①あいづちなど、相手の言い分を肯定するような態度や発言はしない
②要求がエスカレートしたり、引き下がる様子が見えない場合はその場での対応は中止する
③社内の専門部署での対応に切り替える、または警察や弁護士に相談する旨を伝えて引き取ってもらう
悪意クレームの目的は金銭や業務妨害にあるため、まともな解決策の提示はできない。しかし法的な対応をにおわせると、たいていは退散する。マニュアルを整備して、毅然とした姿勢で対応し、それでも無理なら警察に通報しよう。
●特殊クレームの場合
特殊クレームは孤独や孤立といった心の問題や心の病などを抱えた人が起こすことが多い。そのため、やってはいけない対応がいくつかある。
①ひとりで対応しない
②親切な対応はしない
③現場任せの対応はしない(図❺)
特殊クレームはひとつの問題が解決しても別のクレームを言うことが多く、対応に終わりがない。ひとりで対応していると、疲弊して精神的に病んでしまうおそれもある。また特殊クレーマーの中には孤独感から「誰かと話したい」というだけでクレームを入れてくる人もいる。親切に対応してしまうと名指しでの対応を要求されたり、つきまといにも発展しかねない。そのため特殊クレームにおいても、マニュアルを整備して組織全体で対応する必要がある。
最近はカスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題になっている。クレームとカスハラの明確な区別は難しく、行き過ぎたクレームの中にはカスハラに該当すると思われるものもある。またカスハラの中には単なる嫌がらせや個人的な憂さ晴らし、業務妨害などが目的のものもあり、悪意クレームや特殊クレームと同じ対応が必要なケースもあるようだ。
クレームにはマニュアルの整備と組織全体での対応が必要だが、そのためにはまず何から始めればよいのだろうか。
「クレームの内容をすべて記録化することです」と津田氏。いつ、どんな属性の人から、どのようなクレームが入り、どう対応してどうなったか、記録しておくのだ。それを社内で分析して、とくに多い事例を抽出して対応方法をマニュアル化していくのである。
「おわびの言葉でも、ケースによってふさわしいものとそうでないものがあります。それらを明確にして、ケースごとに『こういう場合はこれ』といった具合に決めていくのです」
それを電話の場合や対面の場合など、シチュエーションごとに作っていく。それを基に社内の研修などで練習して意見交換しながら、さらにブラッシュアップしていくのだ。
「これを繰り返すと、対応スキルが向上していきます」
マニュアル化されればクレームだけでなくカスハラ対策にも役立つはずだ。(図❻)
「クレームは組織全体で対応すべきもので、特定の担当者のみに任せていてはいけない」と津田氏は話す。「対応に向いている人とそうでない人がいます。不向きな人に任せていると、その人が精神的に病んでしまい、最悪は休職・離職につながってしまいます。経営者は人選についても考えなければなりません」
また電話でも対面でも、対応が長時間に及んでしまっている場合は相手とのやり取りがこじれてしまっている可能性が高い。対応者の業務にも支障が出てしまう。
「そのような場合のためにSOSの合図を決めておくのです」
例えば電話対応の場合。「これは悪意クレームだ」「この人の言っていることは支離滅裂だ」など、悪意または特殊クレームと判断できた場合は対応しながら手を挙げる、などである。上司や専門の部署での対応にすみやかに切り替えることができる。対面での場合でも合言葉などを決めておくのがいいようだ。
特殊クレームの場合はらちが明かないことも多い。その場合は対応時間を決めておくのだ。
「例えば30分経過しても相手が引き下がらない場合は電話を切ってもよい、などです」
またクレーマーによっては何度も電話をしてくる人もいるが「3回目以降は対応しない」などのルールを決めておくのもよいという。悪意・特殊だけでなく、一般クレームにおいても対応者を孤独な状態にさせないようにすることだ(図❼)。
対応者は相手とのやり取りの内容だけでなく、その時間も記録しておくのがよい。
「その人の対応に費やした時間は長ければ長いほど損害になります。人件費の面で損害が出ていることを伝えて法的な対応をにおわせることで収束するケースもあります」
音声や映像などで記録を残すのも有効だという。裁判などに発展した場合の証拠にもなる。
「近隣住民や通行人と接点が多い現場作業員は、全員ICレコーダーを持っておくといいでしょう。防犯カメラがある現場なら、それに映り込む位置に移動して話を聞くなどの方法もあります」
事務所の電話も、録音・発信者番号表示・スピーカーフォンの機能があるものを使うといい。何度も電話をしてくる粘質型の特殊クレーマーの場合は「この番号からの着信はでなくてよい」と決めてしまうことができる。スピーカーフォン機能があれば、相手の話の内容を上司や同僚と一緒に聞くことができ、その場ですぐに対策を講じることもできるのだ。
また悪意・特殊いずれのクレームでも、安易に相手のテリトリーには行かないようにする。「交渉を長引かせたり、脅したりするために呼び出すのは悪意クレーマーの常套手段」だという。うっかり行ってしまって、長時間拘束されてしまっては精神的なダメージも大きくなる。どうしても行かなければならない場合は、1人ではなく2人以上で行くようにする。
音声や映像などによる記録は、建設現場においてもおこなったほうがよいという。例えば元請けから、「余った資材やゴミが散乱している」などとクレームが入ることがあるが、何者かのいたずらであることを証明するためにも、作業終了時には連日、動画や写真などで記録しておくとよい。
津田氏によると「記録をとっていない業者は多い」という。余計なトラブルや交渉の長期化を避けるためにも、記録化はやっておいたほうがよさそうだ。
また近隣住民からは「事前に工事についての説明がなかった」というクレームが入ることもある。この場合も説明のために訪問した日時や会話の内容を記録しておくのがいい。
記録のための機器を用意するのはもちろんタダではない。なんでも記録、記録……というのも窮屈なようで気分のいいものではないだろう。しかし悪質なクレーマーが増えている昨今、大切な従業員を守り、トラブルを回避するためにはそれだけの対策が必要なのだ。
クレームへの対応も大切だが、それを減らす、あるいは未然に防ぐことも必要だ。津田氏によると「ささいなことがきっかけでクレームに発展してしまうことも多い」という。
「工事前に説明にきた担当者が横柄だった、作業員の態度が悪いなどといったことでも、それが積み重なっていけば何かのきっかけで爆発してしまうこともあるのです」
工事に対して寛容な近隣住民は多い。そんな住民は騒音や車両通行止めにも協力的だ。しかし中にはそうでない住民もいる。そのため工事が始まる前や工事中は、関係者は近隣住民と良好な関係を築いておく必要がある。
「きちんとあいさつをする、決められた場所以外でタバコを吸わない、作業後は周辺をきれいに片づけてから引き揚げる、などといったことは徹底したほうがいいでしょう」
とりわけ、あいさつは大切だという。
「明るく元気よくあいさつをされて嫌な気分になる人はいないでしょう」
逆に無愛想な態度をとったり、あいさつを返さなかったりすると心証を悪くしてしまう。また建設現場の作業員は「元ヤン系の人が多くて怖い」というイメージを持っている人も少なからずいて、ちょっとしたことでも過剰に反応してしまうこともあるようだ。しかしそういった作業員がさわやかにあいさつをすれば、好感度が上がる。いずれにしても工事中は「ご不便をおかけして申し訳ない」という意識を持っておくことだ。(図❽)
近隣住民と良好な関係を築いておくと、意外なところでメリットがあるかもしれない。津田氏はある市役所でのこんな事例を紹介してくれた。
「ある住民が市役所を訪れ、ひとりの職員に延々とクレームを入れたことがありました。対応した職員も困ってしまったようです。するとそれを近くで見ていた別の住民が『あなた、もうそのへんでやめておきなさいよ。職員さんも困っているでしょう』と、職員の応援にまわってくれたのです」
この職員は日ごろから住民への対応がとてもよく、好感を抱いている住民も多かったのだそうだ。このときその職員の困っている様子を見かねて味方になってくれた住民も、そのひとりだったのである。
これが逆に、日ごろから住民に不信感や不快感を抱かれている職員だったらどうだろうか。味方になってくれるどころか、クレーマー側の応援にまわってしまうことも考えられる。いたずらにクレーマーの数を増やしてしまわないためにも、日ごろの態度や接し方には注意が必要なのだ。
市役所の事例ではあるが、これは建設業に限らずどの業界でも同じことがいえる。建設現場の近隣住民には、日ごろからいい印象を与えておくことだ。いざクレーマーが乗り込んできて「解体工事の音がうるさい!」と言われてしまっても、ほかの住民が「お互い様でしょう。あなたの家も建てているときは音がすごかったんだよ」などと味方になってくれることがあるかもしれない。
すでに述べた通り、クレームはその対応ひとつでチャンスにもピンチにもなりうる。津田氏によると「どんなに業績をあげている企業でもクレームゼロの企業はない」という。それはその企業に不足しているもの、ウィークポイントのあらわれでもあり、そこを補うことで成長が見込めるのだ。
建設業の場合、取引会社からのクレームは“会社対会社”のものであり、想定外のものは多くはない。むしろ施主や近隣住民など個人から寄せられるクレームへの対応が難しいだろう。しかし早い段階でその種類を判別して適切に対応していけば、大事に至ることは少ない。そして寄せられたクレームひとつひとつを記録・分析して、都度対応マニュアルに反映させていくことだろう。同時に現場にもフィードバックしていけば、各従業員の対応スキルも向上していくはずである。クレームは“次に活かす”ことが重要なのだ。
監修=津田卓也 文=松本壮平 イラスト=佐藤竹右衛門