若年層の「建設業離れ」が深刻だ。
今後は従来型の組織のあり方、マネジメント方法では行き詰まるとも言われている。
人材が集まる組織、若者が働きたいと思う職場とはどんなものか。
「昭和型」の組織から時代に合った「令和型」の組織に変わるにはどうすればよいのか。
「脱・昭和」の組織改革で
若者が憧れる職場へ!
代替わりは風土改革の絶好のチャンス!
少子高齢化、人口減少で業界を問わず労働力が不足している。建設業でも問題は深刻だ。さまざまな理由が考えられるが、離職率の高さや若者の建設業離れなどもその原因として挙げられるだろう。労働力の高齢化が進んでおり、技能継承もままならない。離職を抑え、若年労働力を確保するにはどうすればよいのか。給与など待遇面を見直すのもそのひとつだが「組織の風土改革」も必要だと、株式会社スコラ・コンサルトのプロセスデザイナーの杉本優美子氏は話す。
「制度はすぐにでも変えられますが、風土はそれまでの『経営の価値観』が反映されたもので、簡単には変わりません」そこで事業承継、つまり「代替わり」のタイミングが、風土改革の絶好の機会だという。「企業規模にかかわらず、組織はトップの考えや価値観が色濃く反映されます。規模が小さくなるほどその傾向は強まります。トップ交代のときこそが、改革着手のチャンスです」
「生の声」を聞くことが第一歩
「やり方」だけではなく「あり方」も改革していく
杉本氏は組織の風土を次のように定義している。
• 所属する多くのメンバーが持っている思考行動パターン
• 所属するメンバーが準拠する規範・暗黙のルール
明文化された制度やシステムとは異なり、組織の風土や体質は目に見えにくい。その組織に長くいればいるほど、良い点も悪い点も見えなくなってくる。それだけに変えてゆくことも難しい。そしてこれらのパターンやルールは組織内の大多数で共有することで生まれるという。
「組織改革では、仕事やマネジメントの『やり方』(ハード面)にばかり目が向きがちです。しかしメンバーや組織の『あり方』(ソフト面)、つまり風土の変化がなければ、その組織に問題があったとしても本質的な解決にはなりません。例えば最新の機械や工具を導入しても、それを使う人や組織の思考・行動パターンが変わらなければ、改革は進まないでしょう」
事実・実態の把握が改革の「1丁目1番地」
では組織改革はどのように進めればよいのだろうか。杉本氏は、組織に本質的な変化をもたらそうとするならば、まずは経営層がそれまでの「経営の価値観」を問い直していく必要があるという。
「変化は相互作用で進んでいきます。まずは経営者自らが変わろうとする姿勢を見せる必要があります」
そしてその一般的な手順として、①事実・実態を把握する、②目指す姿を描く、③変革のトリガー(きっかけ)を見つける、④実行と、4つのステップを提示してくれた(図❷)。中でも①の「事実・実態の把握」が、改革の「1丁目1番地」だという。
「現状の組織がどんな状態なのかをクリアにしなければ、何から着手すればいいのかわかりません。そしてその場合は悪い部分にばかり注目せず、埋もれている良い部分も意識してスポットを当てるようにしましょう」
大事な部分は変えないで大切にしていく。組織の長所が明確になれば、働く人にとっての自信や誇りにもつながるはずだ。また事実・実態の把握はアンケート形式でもよいが「生の声」を集めるのがよいという。
「トップが直接ヒアリングをおこなうと、本音を話してくれないこともあります。コミュニケーションが得意な人や、組織内で広い人的ネットワークを持つ『キーパーソン』に動いてもらうのがよいでしょう」
昭和型の育成方法から脱却を!
ワークライフバランスは時代の必然
ある調査によると、近年は建設業従事者の約3割が55歳以上であり、29歳以下は約1割にとどまるという。別の調査では、建設業に魅力を感じない理由の1位が「労働時間が長い」、2位が「前近代的体質が残っている」となった(図❸)。
建設業の長時間労働は以前から問題視されてきた。最近は減少傾向にあるものの、他の産業に比べると依然長時間の状態が続いている。若者の「建設業離れ」の一因でもある。
いまの若い世代は「ワークライフバランスを重視する傾向にある」と杉本氏。業界を問わず日本の企業では「労働時間の長さ=会社への貢献度」という価値観が長年支配的だったが昭和が終わり、平成、令和となって、それも希薄になっている。
「若い人たちは決して『働きたくない』わけではありません。仕事と同じようにプライベートを大切にしたいだけなのです」
そんな若者に対して、ベテラン層が「自分たちはそうやってきたんだ」などと思ってしまうと、世代間の価値観の対立になる。解決の糸口は見えない。
「若い人だけではありません。50代でも『親の介護があるので長時間労働はつらい』という人がいます。もはや価値観の問題ではなく、時代の要請でもあるのです」
2024年には建設業でも労働時間の上限規制がかかってしまう。制度への対応だけでなく、組織の若返りのためにも、時代に即した組織づくりをする必要がありそうだ。
育成方法を見直し「昭和型」から「令和型」へ
組織の「前近代的体質」は「昭和型」の体質とも言える。これを時代に合った「令和型」に変革し、若手の定着を促すためには育成方法の見直しも必要だ。建設業では伝統的な育成方法をとっている事業者も多い。杉本氏はこう話す。
「40代、50代のベテランは『自分はこうやって育てられた』と、若手にも自分と同じことを求めがちです。しかし『昔と同じ育て方でいいのか?』という視点も大切です」
いまの20代は「マニュアル世代」とも言われる。「見て覚えろ」は通用しない。建設業界では、伝統的に「タテ」の人間関係を重視する傾向にある。しかしいまの若い世代は「ヨコ」の人間関係に慣れているという。
「今日ほどメディアが発達しておらず、家父長的な家庭環境がまだ残っていた時代に育った世代とは、明らかに異なります。いまの若い世代はSNSを使いこなし、LINEなどでのヨコのつながりが強く、情報収集力も中高年の比ではありません。『上から一方的に』何かを与えられることになじまない世代なのです」
よりフラットな関係性が、若い世代には合っているという。入職希望者が増えないとはいえ、ものづくりやインフラ整備に携わりたいと、建設業に関心を抱く若者は一定数存在する。彼らが「働きやすい」「ここなら成長できる」と思える環境とはどんなものかという視点で考えることも必要だ。
ベテランと若手の相互理解が必要
ベテランと若手が気楽に話せる機会をつくる
ベテランと若手の価値観のギャップは、どの組織でも悩みの種だ。杉本氏は「双方がじっくりと話をする機会を持つのがよい」と話す。それが改革のきっかけになることも多いという。
「ある製造業の現場では、ベテランと若手がざっくばらんに話し合う場を設けて、どんなマネジメントならば働きやすいのか、何を大切にしているのかなどをヒアリングしました。すると『若い人たちがこんなことを考えていたなんて』『こんなことに困っていたのか』『目からウロコが落ちた』と驚くベテランが多かったのです。そこから両者の距離が縮まっていきました」
その現場では、最初はベテランと若手が2人ずつで本音の対話を始め、少しずつ人数を増やしていったという。
「マンツーマンだと『この人には言いにくい』といったことも起こりますが、2対2であればそれが緩和されます」
その場合は「心理的安全性」を担保してあげることが必要だという。
「『誰が言ったか』は口外しない、しかし『何を言ったか』は大切にして、みんなで共有するということです。そしてこの『何を』の部分は、現場のリーダー同士で共有し、何らかのアクションを考えるということも事前に約束しておくのです」
立場や世代を超えて本音を言い合える環境や機会が必要のようだ。
「若手に残したいこと」をベテランに考えてもらう
組織の若返りのための改革となると「なぜ若手に合わせなければいけないのか」と、ベテラン層からの反発も予想される。しかし「若手に迎合するわけではない」と杉本氏。大切なことはお互いが認め合って、歩み寄ることだという。
「若手側から歩み寄るのはハードルが高いものです。『同じ土俵で考えようよ』というスタンスで、ベテラン側から歩み寄るのがよいでしょう」
とはいえ、組織の若返りを急ぐあまり、ベテラン層が置き去りにされてしまうのは本末転倒だ。そうならないために、経営者はどんなプロセスを踏んで改革を進めればよいのか。
「50代、60代のベテランには『数年後にはリタイアするけど、自分たちは若手に何を残してやれるだろうか』『将来どんな組織になってほしいか』と考えてもらうきっかけをつくることです」
ベテラン層にも、組織に疑問を持つ人、伝えたい技術やノウハウを持つ人もいるだろう。そんなベテラン層に「自分たちが若手にしてあげられること」を考えてもらうことから、改革への一歩を踏み出すのがいいようだ。
本音で話し合える環境づくり
まずはフラットな関係性で本音を語り合う
組織の風土改革は、一にも二にも現場の生の声に耳を傾けることだ。そのひとつの方法として杉本氏は「オフサイトミーティングR」というものを教えてくれた。これは「気楽にまじめな雑談をする」ことをコンセプトとした話し合いの手法だ。メンバー同士がリラックスできる空間で、普段感じていることや率直な意見を自由に話し合うのが目的だ。
「仕事の現場から離れたところで、できれば1時間程度の時間でおこなうのがよいでしょう。メンバーが車座になって、仕事で困っていることや悩み、新しいアイデアなどを出し合うのです。なぜこの仕事に就いたのか、あるいは仕事への思いなどを話すのもいいでしょう」
立場や肩書きなどを一旦外し、お互いがフラットな関係でおこなうものだ。相手に関心を持って話をじっくり聞く、わからないことや気になったことは問い返す、無理に結論を出さなくていいなど、いろいろなルールがある(図❺❻)。フラットな立場で本音を語り合うことで、いろいろな問題が浮き彫りになるだけでなく、その場で解決策が見つかることもあるという。
「『じゃあ明日の作業からはこうしようよ』『次の現場からはこうしたほうがいいね』など、あっさりと解決してしまうことも多いのです。『なぜいままで放置されてきたんだろう?』という声もよく聞きます」
しかし、そのような時間を取ることが厳しい現場もある。その場合は「既存の仕組みの活用」を杉本氏は提案してくれた。例えば作業前や作業後の朝礼・終礼などのやり方を変えるだけでもよいという。些細なことでも「こうしたほうがいい」「こんなことに困っている」などとお互いに話していくだけで、メンバーのアンテナがそこに向くようになる。
「例えば『昨日の搬入のときに資材をここにぶつけてしまった。危ないから気をつけるように』『今日は寒いからトイレは我慢しないでこまめに行くようにしよう』などと、小さなことでも話すようにすれば、状況はかなり変わってくるでしょう」
若手の中には委縮してしまい、思っていることを言えない人もいる。どんなことでも言いやすい環境をつくることで、問題の洗い出しから解決まで一気に進んでしまうこともあるのだ。
オン・オフ区別の厳格化にはデメリットもある
改革の対象となる大きな要素のひとつとして、杉本氏は「個々の関係性」を挙げた。上司や同僚などとの人間関係だ。毎朝出勤時にそのことを思い起こして憂鬱な気持ちになってしまう人は、業界や世代に関係なく多い。仕事のモチベーションにも大きく影響する。
「職場内に何でも気軽に相談できる人がいるかいないか。この点も大切で、生産性に影響することもあります」
最近は、仕事に関係ないプライベートなことは話しづらい雰囲気の職場も多い。セクハラなどを防止する観点からも、オンとオフを区別することは必要だが、あまりに厳格すぎるのもよくない。
「職場の人間関係や自身の健康面、育児や介護などはプライベートなことです。しかしこれらは仕事に影響を及ぼすことがあります。ひとりで抱え込んで悩み、ある日突然出社しなくなったり、辞めたりする人は少なくありません。とくに若い世代にはよく見られます」
昭和型を全否定しない。良いものは大切に
目指すべきは、令和型の「親分子分関係」
そこで杉本氏は「令和型・親分子分関係」というものを提案してくれた。親分・子分と聞くと、まさしく昭和職人の典型のようだが、上司と部下、先輩と後輩の関係で考えるとメリットも見えてくる。
例えば昭和の職人の世界では、師匠と弟子が家族のような付き合いをすることも珍しくなかった。最近はプライベート重視・パワハラ防止などの風潮から、こうした関係性はどの業界でも減少している。しかし仕事とは少し距離を置いた空間と時間を設けることができ、気軽にいろいろな相談もしやすい。そんなメリットもあったはずだ。悪いことばかりだとは言い切れない。上司や先輩は、ときには「自分の弱み」を見せるのがいいという。
「『なめられないように』と思う人もいるでしょうが、それは昭和型の親分体質です。自分の失敗談などを積極的に話して聞かせるのが、令和型の親分です。『この人も同じことで悩んだことがあるんだ』と部下や後輩が思えるようになると親近感もわいて、話しやすくなります」
仕事では厳しい「お父さん」でも、それ以外ではフラット感があるのがいいようだ。職人の世界では、先輩の「面倒見の良さ」も特徴のひとつで、これは他の業界ではあまり見られない傾向だという。昭和型がすべて悪いわけではない。平成の時代には合理性を追求するあまりにその良さが失われてきたが、いま一度見直してみてはどうだろうか。伝統的なものの中には良いものもあるという視点を持ち、そこは大切にしながら、時代に合ったものに育てていくのがよさそうだ。
改革に例外なし。組織のすべてをチェックせよ
あえて「例外」をつくらずあらゆる部分に目を向ける
改革では、あえて「例外」をつくらないこともひとつの進め方だ。杉本氏はある建設会社の採用担当者の体験談として、こんな話をしてくれた。
「その人がキャリア教育の授業に講師として招かれ、ある中学校を訪問したときのことです。そこで『建設業は大声で怒鳴って、汚れた服で作業をしている』と言われたのです。そんなイメージを持たれていたのかと、ショックを受けたようです」
建設現場は作業音が大きく、どうしても大声になってしまう。作業着も安全面・機能面を考慮したもので、簡単に変更できない。しかしそれにネガティブな印象を抱いている人がいるのも事実だ。
「いまの若い人たちは大声に慣れていません。ちょっとしたことで『怒鳴られた』『パワハラだ』と思ってしまいます」と杉本氏。実際に、若手層から「大声は怖い」との声があがっている建設業者もあるという。しかし大声が悪いのではない。「ここは危険な現場だから大声を出すんだということが伝わっているだけでも、若手の受けとめ方は違ってきます。ベテラン層も、必要がなければ大声を出さないように配慮するのがよいでしょう」
また、建設現場は一般の人の目に触れやすい。作業風景を見た子どもたちが「あの作業着、かっこいいな」と思えると、興味を持つきっかけにもなる。業界全体として、中学生や高校生の建設業界へのイメージを変えていくことも必要だ。いずれも簡単なことではないが、「大切なことは最初から『これは改革の対象外だ』『ここは変えられない』などと思わずに、あらゆる部分に目を向けてみることです」と、杉本氏はアドバイスをしてくれた。
デジタル化で従業員満足度は向上
業員満足度は向上建設業界ではデジタル化が遅れていると言われる。しかし杉本氏は、「時短につながるため、プライベートを大切にする若手には魅力があるはず」と話す。
そのうえで杉本氏は、デジタル化は育成や技能継承にもひと役買うと説明する。
「建設業や製造業で大切な技能は、目に見えにくいものが多く、それを『見える化』することも必要です」
かつては年月をかけていた、見て覚える作業のコツのようなものだ。
「例えば『ここを直角に削るためにはどうすればいいか』というものなどは、業者によってはその様子を動画で撮影して組織内で共有しています。一度撮影してしまえばそれが5~6年は残ります。時間をかけて一人ひとりに教えていくより、継承も習得も早くなります」
その場合は若手側から「これを教えてほしい」と、ベテランに聞きにいくのがよいそうだ。それがきっかけとなって、ベテランと若手の会話の機会が増えていく効果も期待できる。技能継承は改革のきっかけにもなりそうだ。
経営者は後継予定者と話し合いを!
代替わりは組織改革のチャンスだが、事業承継を考えている経営者や後継予定者は、そのためにどんな準備をしておけばよいのだろうか。
「経営者は、後継予定者や組織のことを真剣に考えてくれている人と、『この組織をどうしていきたいのか』ということをしっかり話し合っておくことです。話し合うこと自体が『共有』になり、改革へのモチベーションも高めていくことができます」
とにかく「話をする」「話を聞く」ことが何よりも大切であり、そこがすべてのスタートだ。若手を巻き込んだ改革を考えているのならば、とくに意識しておきたいことだ。
また、後継予定者がその組織の「生え抜き」の場合、事業を引き継ぐ前から意識しておきたいことがあるという。
代替わりはチーム経営に切り替えるチャンス
「トップではない立場にいる間に感じた違和感や予兆、『こうしたい!』という思いを忘れずに持ち続けることです。そして『この人と未来をつくっていきたい!』という人を組織内で探しておくのです」
いまのトップが創業者の場合、ワンマン的に組織を引っ張ってきたために見えにくくなっていることもあるだろう。代替わりはそんな部分を「問い直す」機会でもある。
また、トップ一人が頑張るのではなく、みんなで経営していく「チーム経営」に切り替えるチャンスだという。
「先代が一人で何でもやってしまう経営者だった場合、2代目以降はメンバーみんなにいろいろな意見を出してもらって、話し合いながら組織をつくっていくのです。チームならば弱みも見せやすく、強い組織をつくることができます」
「働きたい」と思える組織に改革して離職を防ぐ
「ここで働きたい」と思える組織をつくる
若手を改革に積極的に取り込んでいくのもひとつの方法だ。杉本氏によると、最近の若い世代はお金のためだけに働くのではなく「誰かの役に立ちたい」「誇れる仕事をしたい」という思いが強いという。そんな若手は、改革の良き仲間にもなるはずだ。
「若手の純粋な思いを伸ばしてあげながら『一緒にいい仕事をして、この会社の未来をつくっていこうよ』というトーンで話せば、それにのってくれる世代でもあります」
改革が進み、変化が目に見えてくると若手にとっても、一緒に未来をつくっているという魅力的な組織になってくる。逆にせっかく代替わりをしても、新しいアクションが見えなければ未来はない。
「極端な場合、やる気のある人には『この会社、古いなあ』と思われてしまい、離職につながります。あまりやる気のない人だけが残ってしまうという悪循環は、業界や規模を問わず多くの企業で見られます」
大切なことは「ここで働きたい!」と思える組織を目指すことだ。そのためにも経営者や後継予定者は、常に組織内の「声」に耳を傾ける姿勢を保つことが必要なのだろう。
監修=杉本優美子 文=松本壮平 イラスト=佐藤竹右衛門