建設現場での労災事故があとを断たない。
その多くは不注意や判断ミスなどのヒューマンエラーが原因だといわれる。
これらをなくし、安全な現場を維持するにはどうすればよいのか。
そもそもヒューマンエラーはなぜ起きてしまうのか。
その原因や対策をここで探っていくことにする。
現場の事故防止に不可欠な
「ノンテクニカルスキル」とは?
現場の事故の大半は、人為的ミスが原因
「非専門技術」不足こそが人為的過失に直結する
このヒューマンエラーをなくすための教育方法として近年、業界を問わず注目されているものに“ノンテクニカルスキル教育”がある。“専門技術”といわれるテクニカルスキルに対して“非専門技術”といわれるノンテクニカルスキルには、状況判断力やコミュニケーション能力、チームワークなどが含まれる。両者は対立する概念ではなく“車の両輪”のようなものであり、業務を遂行するためにいずれも不可欠なものだ。
『産業現場のノンテクニカルスキルを学ぶ─事故防止の取り組み─』(化学工業日報社)の著者、南川忠男氏によると、建設業でのヒューマンエラー多発の背景には、業界特有のある事情が関係しているという。「例えば製造業の場合、毎日同じ工場で同じ仲間とともに作業をおこないます。環境が大きく変わることがありません。しかし建設業は現場が変わることが多く、各現場の状況も異なります。一緒に作業をする仲間も日によって変わることがあり、コミュニケーション不足も起こりやすくなるのです」
さらに「ヒューマンエラーのおよそ8割はノンテクニカルスキルの不足に起因している」と南川氏。そのため「ノンテクニカルスキルはヒューマンエラーを防止して安全を確保するために現場の人間や指示する人間が持たなければならないスキル」なのだという。
航空業界で定着しているノンテクニカルスキル教育
最近はこのノンテクニカルスキルの教育に力を入れる業界や企業が増えている。もともとは航空業界から始まり、海運、医療、エネルギーなどほかの業界に広がっていったものだ。
これらの業界はひとたび事故が起これば、多くの人命が失われる。それだけでなく経済的な損失も莫大なものになりえるため、積極的に取り組む傾向にあるのだ。
とくに航空業界には「クルーリソースマネジメント(CRM)」という訓練方法がある。コックピットで得られる利用可能なすべてのリソースを安全な運航のために有効活用しようという考えに基づいたものだ。1970年代にアメリカのNASAがパイロットを対象におこなった調査によると、航空事故の原因は技術的なスキル不足よりも、リーダーシップやコミュニケーション、マネジメントなど、まさにノンテクニカルスキルの不足が大きいことがわかった。またテクノロジーの向上や運航環境の整備などによって航空事故は減少したものの、人命を失う事故が完全になくなることがなかったことなどがCRMの概念が生まれた背景にある。日本の航空業界においても2000年以降は、CRM訓練の定期的な実施が義務化されている。
事故防止に不可欠なノンテクニカルスキル向上
このノンテクニカルスキルを向上させることで多くの労災事故は防ぐことができるという。
「労災事故が起きてしまった際、例えば『作業手順書に不備があった』『足場の組み立て方に問題があった』などと、テクニカルな面にスポットを当ててその見直しや整備に注力することはよくあります。しかし事故の原因を探っていくと、事前にひと声かけておくだけで、あるいは作業前のミーティングで確認しておくだけで防げたという事例も多いのです」
事前の声かけや確認はコミュニケーション能力やファシリテーションスキル、リーダーシップなどと関係してくる。建設機械の操作などテクニカルなスキルとは異なる部分であり、ノンテクニカルスキルと言える。とても大切な部分のはずだが事故後の検証においてもノンテクニカルな面は「見過ごされがち」だという。労災事故が減らない一因とも言えそうだ。
前出の南川氏の話にもあるように、建設現場の作業はいわゆる“非定常”作業である場合が多い。現場環境が変わることや複雑な作業も多く、個々の作業員の用心深さや密なコミュニケーションが必要だ。ノンテクニカルスキル教育は建設業にこそ必要な教育と言えそうだ。
「思いこみ」がなくなれば労災事故も減っていく
事故の多くは「思いこみ」が引き起こす
ノンテクニカルスキルの不足による事故はどうやって起きてしまうのか。南川氏は事故防止に必要な5つのノンテクニカルスキルを挙げてくれた(図❹)。
①状況認識
②コミュニケーション
③意思決定
④チームワーク
⑤リーダーシップ
このうち、とくに大切なのが①状況認識と②コミュニケーションだ。南川氏によると航空業界や海運業界では、教育訓練の多くがこの2点に費やされているという。
ヒューマンエラーの多くは正しい状況認識ができていないことによって起こるという。それは“思いこみ”だと南川氏。「例えば車の運転を思い浮かべてください。相手が停まるだろう、よけてくれるだろうというのが“思いこみ”です。双方にこういう思いこみがあると交通事故が起こってしまいます」。相手に過度の期待をしたり、自分に都合のいいように認識してしまうことはよくある。これ以外にも「自分は大丈夫」「確認したはずだ」「誰かがやってくれるだろう」といったことも思いこみだ。しかしこれでは状況を正しく認識できているとは言えない。思わぬ事故やミスにつながりかねない。
①ひと呼吸おく
工期がタイトな場合など、現場ではあせりやプレッシャーなどで本来おこなうべき作業や確認などを省略してしまうことがあるかもしれない。慣れた作業の場合は手順書などを確認せずに取りかかることもある。機械的に作業をこなしてしまうこともあるだろう。しかしうっかりミスも起こりやすくなる。作業に入る前にひと呼吸おいて、思考や行動を落ち着かせる。
②指差し呼称
鉄道業界から始まった危険防止行動のひとつだ。古くからおこなわれているものだが、現在でも効果があることはよく知られており、取り入れている業界も多い。脳の覚醒や注意の方向付け、多重確認、あせり反応防止などの効果が期待できるという。高所作業の前に安全帯は着用したか、資材搬入の際には玉掛けをきちんとおこなったかなど、対象を指差しながら「ヨシッ!」と声を出して確認する。記憶にも残りやすく「やったはず」という思いこみを防げる。
③都度報告
作業の手順を間違えることも起こりえる。「これが終われば次はあれだ」と思いこみ、その前にやるべき作業や確認を忘れてしまうこともある。作業が完了していないにもかかわらず「終わった」と思いこんでいる場合もあるだろう。ひとつの作業が終わるたびに上司や同僚に声をかけるだけでも十分な確認になる。また機材の設置場所を変えた、作業手順書に少し変更があったという場合でも周囲と共有することも大切だ。
④自問自答
「これで大丈夫か?」と自分に問いかけることで自分の思いこみに気づくことがある。これは作業に精通したベテラン層こそ実践したほうがよい。「自分は何十年間も無事故でやってきた」という自信が過信になっている場合もある。「いままでこの方法でやってきたが、これでいいのだろうか?」と自分自身に疑問を投げかけてみる。意識的に続けることで習慣化されていく。
この4つを習得すれば「たいていの人は思いこみが防止できる」と南川氏。建設業だけでなく、どの業界、業種でも実践できる。
「やらされ感」をなくして自発性をうながす
過度に徹底してしまうのもよくない
これら4つの思いこみ防止策は、日常業務の中で実践していくのがよいという。ただし、徹底しすぎるのもよくないと南川氏は話す。「すべての作業において必ず実行するのではなく、例えば指差し呼称の場合は『1日3回はやりましょう』などという具合に現場で実践してもらうのがよいでしょう」。
作業員にとってプレッシャーになってもよくない。“やらされ感”があると長続きしない可能性もある。建設業や製造業の現場では「指差し呼称キャンペーンなどの期間を設定して実施しているところもある」と南川氏。特定の期間に限定した実践であっても、それがその後に習慣化されて定着していくこともあるようだ。無理なく、できることをできる範囲で実践していくのがいいのだろう。
Know-Whyで自発性をうながす
作業前のミーティングなどで、過去に発生した事故やミスなどを挙げて「ここで転倒した人がいるから通るときは指差し呼称で確認しよう」「この作業でケガをした人がいるから始める前にひと呼吸入れてみよう」などとポイントを絞って実践をうながすのも効果があるようだ。
南川氏は「Know -Why教育も大切」だと話す。これは、「なぜそうしなければならないのか」、その理由を教育することだ。「指差し呼称をしよう」「ひと呼吸おこう」だけではなかなか定着しない。「こんな危険が潜んでいるから指差し呼称が必要なのだ」ということを個々の作業員が理解すれば、自発的におこなうようになる。理由がわからないままの実践では作業員側に“やらされ感”が生まれてしまい、うまくいかない。「面倒だから今日はやらなくてもいいだろう」となってしまう。
また監督者などのリーダーは、ときには“ほめる”ことも必要だという。「あなたは搬入作業のときに大きな声で指差し呼称ができていたね」などと言ってあげるのだ。ほめられれば次へのモチベーションになり、それが定着していく。当然、周囲もそれを聞いているので他の作業員への好影響も期待できる。監督者などのリーダーシップによる動機付けや雰囲気づくりも大切なのだ。
事故が起きたら直後にフィードバック
万が一、事故やミスが発生してしまった場合は、すみやかに時間を作ってミーティングをおこなう。事故やミスの直後は作業員の意識も敏感になっているはずだ。「こんな事故が起きてしまったから気を付けよう」と言うだけでも効果は大きい。
事故ゼロ・ミスゼロは素晴らしいことだが、その状態が長く続くと作業員の中には気がゆるんでしまっている人もいるかもしれない。身近なところで事故・ミスが発生すれば「自分も気を付けなければ」という意識が芽生えやすい。
またこの場合は、事故やミスを起こしてしまった作業員を叱責するのではなく、フィードバックするというスタンスがいいだろう。事故・ミスを起こさない完璧な人などはいない。
予知した危険を指摘しやすい風土作りを
指摘する「勇気」とそれができる「風土」を
正しい状況認識ののち、それをコミュニケーションによって周囲と共有して意思決定する。しかしそのコミュニケーションにおいても“思いこみ”が阻害要因になることもあるという。認識できた状況を他のメンバーと共有しないことだ。「言わなくてもわかっているだろう、誰かが指摘するはずだという思いこみです」。これは建設業に限ったことではない。危険やミスが予測できても誰もそれを口に出さずに作業が進んでしまい、取り返しのつかない事態に至るというのはどの業界でも起こりうる。
南川氏は「言い出す力」「傾聴力」を養うことと「言い出しやすい風土を作る」ことが必要だと話す。「相手が上司や先輩だと、言いにくいということもあるでしょう。部下や後輩が遠慮したり萎縮してしまい、指摘すべきこともできないような風土はあらためていく必要があります」
危険を予知した部下が上司にそれを伝えることもある。そのとき上司が「言われなくてもわかっている!」などと叱責していては、部下は萎縮してその後は何も言えなくなってしまう。その結果、事故が起きてしまったという事例もあるという。
① 相手の提案や相談の会話を最後まで聞いてから自分の発話を開始する
② 相手を指差さない
③ 自分の考えが間違っていたら潔く認める
④ 声の調子をソフトにする
⑤ 相手を威圧するような目線を送らない
日ごろから威圧的な態度をとっていたり、相手の話をさえぎって一方的に話そうとする人には、周囲は「余計なことを言うと怒られるから」「あの人は話を聞いてくれないから」と思ってしまう。これでは危険を予知できてもそれを言い出せないだろう。最近はどの業界でもパワハラが問題になっており、相手を尊重したコミュニケーションのとり方が必要だと言われる。パワハラ防止策として取り組んでみてもいいのではないか。
同僚への思いやりが事故を防ぐこともある
それぞれがお互いを見守り合って安全を保っているという意識が芽生えれば、気軽に指摘できるようになる。指摘された側も「ありがとう! 助かったよ」と素直に感謝できれば、事故は防げるのかもしれない。そのようなことを通じてチームワークが育っていくのだろう。
建設現場ではチームワークが大切だが、そこには同僚への“思いやり”も必要だという南川氏。製造現場での自身の体験を話してくれた。
ひとりの同僚がヘルメットと平眼鏡だけである作業に向かっている姿を見たときのことだ。「今日は硫酸ポンプの切り替え作業のはずだ。あの装備だけでいいのか?」と思った南川氏は「硫酸ポンプの切り替えだよね? 耐酸合羽とカテロン手袋も必要なんじゃないの?」と声をかけた。するとその同僚は「あ! そうだった!」と慌てて引き返してきたという。このとき南川氏に「今日はきっと別の作業なんだろう」「わかった上でやっているはずだ」という思いこみがあれば、この指摘はなかった。またお互いが見守り合っているという意識があったからこそできた指摘であり、それは同僚への思いやりでもある。気づいたことをすぐに言い出せる風土もあったのだろう。
このときは結果的に事故は起きなかったが、“思いこみ”を排除した“思いやり”が同僚を危険にさらさずにすんだと言えるかもしれない。
自分のクセを把握して事故を防ぐ
自分自身を知ることも事故防止には必要
南川氏は「自分自身をよく知ることで事故は防げる」と話す。自身の〈行動特性〉を認識しておく必要があるということだ。
「物忘れが多い、おっちょこちょい、あせってミスをしやすい、思いこみが多いなど、自分の特性に気づくだけでもそこに注意が向けられるようになり、事故発生の可能性を抑えることができます」
そして南川氏は〈危険感受性〉と〈危険敢行性〉というふたつの概念を紹介してくれた。
①危険感受性:危険を危険として認識する能力のこと。
②危険敢行性:危険を認識していながら、あえて危険な行動をとってしまうこと。
危険感受性が高く、危険敢行性が低い人は事故につながる危険な行動を取りにくい。逆に危険感受性が低く、危険敢行性が高い人は事故のリスクも高くなると言える(図❼)。
建設現場においては機械化が進み、安全な環境も整備されていることから事故に遭遇する機会も減っている。そのため危険感受性の低下が懸念されている。何が危険なのか、何をすると危険な状態になるのかを把握してその程度などを直感的、そして敏感に感じ取り、すみやかに回避行動をとれることが必要だ。
これを高めるためにはパソコンなどを使用してバーチャル空間で危険を疑似体験してみる、作業の様子を動画撮影してメンバー間で確認し合う、自社で過去に発生した事故についてその原因などを共有するなどの方法が効果的だ。
危険敢行性は、自身の行動特性とも関係してくる。例えば責任感の強い人の場合は「自分がやらなければ」と思ってしまい、あえて危険な作業を買って出たりすることがあるだろう。事故が起きていないうちはいいが、それが気のゆるみや過信につながるおそれがある。「これまでは何も起きずに作業ができたが、このままで大丈夫だろうか?」と自問自答する必要がある。また自身の行動特性について「自分は責任感が強すぎる」と認識を強化することも大切だ。リーダーやほかのメンバーも「あなたは無理をしすぎるのでは」「もっと安全なやり方があるはずだ」などと伝えてあげられる環境があるとなおよい。そこにも仲間への思いやりが必要なのだろう。
仲間同士で規律遵守を徹底しあう
「これくらいは大丈夫」という油断は禁物
当然のことだが、規律遵守も必要だ。ルールを守らなかったことで起こる事故もある。
ルールが守られない背景にはいくつかの原因があるという。「ひとつはルールそのものを知らないというケースです」。これは論外だ。安全確保のためのルールはどの現場にもある。事故が起きてからでは遅い。監督者はすべての作業員にしっかりと指導しておかなくてはならない。
そして見逃せない点として南川氏は「タイムプレッシャー」を挙げた。作業が遅れている、工期が短いなどの時間的な制約に負けてしまい、ルールを知りながらそれを守らないことだ。急ぐあまり、安全帯やヘルメットを着用せずに現場に入ったりしてしまうこともあるだろう。
すでに述べてきたとおり、あせりは事故のもとだ。「これくらいならば大丈夫だろう」と思ってルールを守らない状態が続くと、それが慢性化してしまい、取り返しのつかない事故になってしまうことも考えられる。リーダーのマネジメントも大切だが、仲間同士で「ちゃんとヘルメットをかぶろうよ」と声をかけ合うことも必要だ。
現場作業の中でノンテクニカルスキルを養う
ノンテクニカルスキルは広義のヒューマンスキル
指差し呼称や自問自答など、すぐにでも始められそうなことも多い。一方で思いこみ防止、言い出す力、傾聴力、行動特性認識など、一朝一夕には成し遂げられそうにないものもある。テクニカルスキルならば研修受講や訓練などで高めることができそうだが、ノンテクニカルスキルの場合はどうなのだろうか。
南川氏によると「ノンテクニカルスキル向上のための体系的な教育プログラムなどはまだまだ少ない」という。習得に費やす時間や効果などが見えやすいテクニカルスキルが優先され、ノンテクニカルスキルが“後回し”になってしまう傾向もあるようだ。
テクニカル面をノンテクニカルで補いながら安全を保ちつつ業務を進めていくものだ。どちらか一方に偏った育成ではなく、同時に高めてゆくのがよい。
また南川氏は「ノンテクニカルスキルはヒューマンスキルと同義」だという。ヒューマンスキルというと対人関係力などと訳されることもあるが、自己認識や自問自答する力などが問われるところから考えると、より広義に捉えたほうがよさそうだ。
気付きを与えて行動変容につなげる
ノンテクニカルスキルを高めて事故を減らすために、経営者は従業員の教育に力を入れるべきだと南川氏。教育といってもわざわざ時間を作って会議室などでおこなう必要はない。「ノンテクニカルスキルは現場で作業をする中で高めていくのがよい」という。たしかに指差し呼称や都度報告といったものは、会議室でいくら訓練しても現場で活かされるとは限らない。やはり実作業の中で実践していくのがいいだろう。
また“気付き”を与えることも大切だ。どこに危険が潜んでいるか、思いこみがないかといったことへ注意が向くような気付きだ。「気付きがあれば行動変容につながる」と南川氏。「指差し呼称や都度報告なども、少しずつでも実践していけば習慣化されます。するとそれを継続できるようになります。時間はかかりますが、事故は減っていくでしょう」。ノンテクニカルスキル教育をやっていない会社は、まずは始めてみることだという。トップの強いマネジメントも必要だが、場合によっては専門のインストラクターの指導を受けるのもいいようだ。
安全だけでなく作業員の安心も大切
安全第一だ。“危険と隣り合わせ”な状態が続くと、作業員のストレスやプレッシャーも大きくなってしまう。テクニカルなスキルだけでなく、安全確保のためにノンテクニカルスキルの向上にも力を入れていることがわかれば作業員も安心できるだろう。安全と安心の両面を実現するためにも、ノンテクニカルスキルの教育はすぐにでも始めたほうがいいだろう。
「テネリフェの悲劇」
2024年1月2日、羽田空港の滑走路で日本航空の旅客機と海上保安庁機が衝突する事故が起こった。この報道に接したとき、南川氏は1977年にスペイン領カナリア諸島のテネリフェ島の空港で起きた、パンアメリカン航空機とKLMオランダ航空機の衝突事故を思い出したという。滑走路上にパンアメリカン航空機がいたにもかかわらず、KLMオランダ航空機が離陸しようとしたために起こった事故だ。
航空事故史上最悪と言われる583名もの犠牲者を出し、「テネリフェの悲劇」とも言われる。このときも管制官とパイロットたちとの間でコミュニケーションの齟齬や思いこみなどのヒューマンエラーがいくつもあった。またKLMオランダ航空機の航空機関士が滑走路上に他機がいる可能性を指摘したが、機長がそれに耳を貸さなかったことも、調査で明らかになっている。この機長は実績の豊富なベテランであり、社内では教育訓練の責任者を務めるほどの人物だったという。想像の域を出ないが、航空機関士もそんな機長にあまり強くは言えなかったのではないだろうか。
機長も部下の進言に対し、ひと呼吸おいて傾聴する余裕があったら防げた事故だったのかもしれない。
監修=南川忠男 文=松本壮平 イラスト=佐藤竹右衛門