ベテランの高齢化が進む中で、技術・技能の承継が進んでいない。
このままベテランがリタイアしてしまえば、生産性が大きく下がってしまう可能性が高い。
目の前の仕事をこなすのが精いっぱいの中で、いかに承継を進めればいいのか。
次の世代に受け継ぐには?
ベテランの「技術・技能承継」新常識
ICT化が進んでも
スキルの承継は欠かせない
一方で建設業界ではICT化が進みつつあり、若手でもベテラン(熟練者)に近い施工ができる環境が整ってきた。それでも技術・技能承継は必要なのだろうか。
「完全自動化されたものは別ですが、人が操作する部分が残っている限り、ノウハウは必ずあります。生産性を下げないためには、技術・技能承継は欠かせません」
内閣府の「平成年版高齢社会白書」によると、15~64歳の生産年齢人口は、急激に減少することが予測されている。加えて、若手と中高年の比率を比較すると、15~29歳の若手就業者が1097万人であるのに対し、30~64歳の中高年の就業者数は4704万人(総務省統計局「労働力調査」平成年)。大雑把に言えば、5人の熟練者の技術・技能を1人の若手が引き継がなければいけない状況にある。熟練者と若手がともに仕事をしながら技術・技能承継していくのが一般的だが、それではとうてい間に合わないわけだ。
熟練者は承継に
乗り気でない場合が多い。その理由とは?
また、熟練者は若手に伝えることに慣れていなかったり、若手を育成する時間がなかったり、さまざまな事情がある場合も多い。その点への配慮も必要だ。
3つ目は「、若手には承継の意欲がある」と思い込むことだ。若手は、その技術や技能をなぜ習得しなければいけないのか、習得すればどのようなメリットがあるかを理解していないためにモチベーションが低い。若手に学ぶことの意義や目指すべき将来像を語り、納得させた上で承継する必要がある。
4つ目は「マニュアルなどを用意すればうまくいく」という誤解だ。仕組みは重要だが、仕組みづくりが目的になってはうまくいかない。
「仕組みはつくった時点で陳腐化が始まりますから、常にアップデートしていかなければ意味がありません」
また、熟練者の視点でマニュアルを作成するケースが多いが、若手によって必要な情報は異なるため、若手の視点でマニュアルをつくるのが理想だ。
5つ目は「職場全体が技術・技能承継に協力的である」との誤解だ。実際には職場長が業務遂行を優先し、承継には非協力的なケースも多い。経営者が承継の重要性を社内に浸透させる必要がある。
次以降では、実際に技術・技能承継を進めるには具体的にどうすればいいのかを紹介しよう。
技能承継の新常識❶
事業のコアになる「技能」と標準化が可能な「技術」に分ける
承継すべき「技能」は社外流出を防ぐ必要も
効率よく技術・技能承継をするには、熟練者が蓄積したノウハウをコアになる部分とそれ以外の部分に分ける必要がある。コアな部分というのは、自社がより付加価値を発揮できる可能性があるノウハウのことで、「技能」といえる。
「技能」は他社との差別化につながる部分なので、しっかりと深掘りしながら承継しなければならない。また、「技能」が社外に流出すれば、大きな損失につながる可能性があるので、技能を受け継ぐ若手をある程度限定するなど、ブラックボックス化することも必要だ。
それ以外のノウハウは、標準化や自動化が可能な「技術」だ。この部分は、外国人労働者やパート社員にも担ってもらいやすいようにしていく。ここではICT化などが力を発揮する。
しかし、多くの企業では「技能」が多くの部分を占め、「技術」の占める割合は少ない。そのままでは、承継に時間がかかってしまう。
そこで、「技能」の中から「技術」に移行できるものを見極めていく。ただし、どこまでを「技能」とし、どこからを「技術」と位置付けるかを見極めるのは簡単ではない。
一つの目安として、「2対8の割合」で考えるといい。熟練者がもっているスキルのうち、標準化が難しいものは2~3割程度で、残りの7~8割は標準化が可能なものが占めているのが一般的だからだ。
そこで、標準化したり、若手に承継したりすることで「自分の仕事が楽になる「」自分は別の技能を深掘りできる」など、熟練者にもメリットがあることを意識付ける必要がある。
このほか、業績評価の項目に「承継への貢献度」を加え、承継のために動いてもらうのも一つの方法だろう。
承継すべき若手がいない場合はどうする?
技術・技能承継に取り組みたいが伝えるべき若手がいない場合にはどうすればいいのか。「若手社員がいないから承継できないとの悩みを持つ企業も少なくありませんが、すぐに準備を進めておくことをお勧めします」(野中さん)
熟練者には、伝える相手の有無にかかわらず、承継の準備を進めてもらい、技術を引き受ける若手の態勢が整った段階で、スムーズに始められるようにしておくことが重要というわけだ。それは熟練者が定年退職する前にノウハウを整理しておくことにもつながる。
その場合、スキルの見える化を行う必要があるが、完璧を目指す必要はない。非常にハードルが高くなってしまうからだ。「伝えるべきことの7~8割までを形にできればいいでしょう」(野中さん)
残りの2~3割は熟練者の経験値に応じて、自らが創意工夫しながら引き継いでいったほうが効率的でもある。「言葉で伝わりにくいものは、熟練者の作業状況を映像で残しておくのも有効です」(野中さん)
技能承継の新常識❷
熟練者と若手のスキルを比較し優先すべきものを見極める
若手に不足しているスキルを見える化する
実際に承継を進める際には、スキルの重要度を見極め、優先順位を決める必要がある。
そのためには、熟練者が保有しているスキルとそれを承継する若手のスキルを比較してみる。若手に不足しているスキルを見える化すれば、何を承継すべきかが明確になる(図表参照)からだ。
その上で、見える化したスキルを事業への影響度と発生頻度を軸に整理し、重要度を判定し、何から承継すべきか、優先順位を明確にする。仮に発生頻度が低くても、近く技能を保有した熟練者が定年退職を迎えるような場合には、該当する事業の継続が困難になる可能性がある。そのようなスキルは、図表の①に区分され、優先順位は高くなる。②に区分されるのは、発生頻度は低いものの、事業への影響度が高いスキルだ。①に次いで承継を進めていく必要がある。
一方で③に属するような、発生頻度は高いが事業への影響度が低いスキルは、承継するよりも標準化して、誰でもできるようにしたり、自動化に取り組んだりするといい。④に区分されるものは、発生頻度も事業への影響度も低いことから、特別な取り組みをする必要はない。
技能承継の新常識❸
承継をスピードアップするには
通常業務のサイクルに組み込む
生産性の向上などに承継の目的を広げる
技術・技能承継に人材育成やノウハウの蓄積の視点だけで取り組むと、つい後回しになってしまう(図表参照)。とくに中小企業の場合には、目の前の業務を処理するのが手一杯だからだ。それを解決するには、通常業務の中で、生産性の向上や事業の継続に貢献するものとして取り組むことだ。
「たとえば、承継が必要な業務に熟練者と若手がペアで取り組み、現状よりも生産性が向上する方法を一緒に考えていくのがいいでしょう」
最近は分業化と業務効率化が進み、若手と熟練者が一緒に作業する機会が減っている。結果、社内にコミュニケーションギャップが生じている。高度成長期には、先輩と後輩、あるいは同僚同士が教え合う環境ができていた。いまは新入社員が入っても、半年も経たないうちに一人で作業するようになってしまうのが一般的。自然と教え合う環境が失われてしまっているわけだ。それを取り戻すことこそ、スムーズな承継に必要なのだ。
承継が生産性向上や事業の継続につながるとすれば、経営資源の投資もしやすくなる。
熟練者と若手の意識のギャップを理解する
さらに、情報を共有するという意識が低くなっている点にも注意したい。
「欧米式の個人業績評価が浸透したことにより、教え合うよりも、自分で情報を抱え込んだほうが有利であると勘違いしてしまう環境にもなりました」
通常業務の中で技術・技能承継を進めていくには、情報を共有しやすい仕組みをつくる必要もある。熟練者や若手などの「当事者」にすべてを委ねるのではなく、組織ぐるみで承継しやすい環境を整えていくことが肝要なのだ。
監修=野中帝二 イラスト=佐藤竹右衛門 文=向山勇