住友建機株式会社SUMITOMO

経営に効く! 心に響く!
あの先人の名言・格言集

人手不足や労働力の高齢化、インボイス制度の導入や「2024年問題」といわれる時間外労働の上限規制適用などにより、岐路に立たされている建設事業者は少なくない。課題や悩みを抱えているとき、ふと目にとまった先人たちの「名言」に励まされることもある。

今回は悩める経営者にとってヒントになり、勇気をもらえるような名言を紹介してゆく。

[思考・習慣]編

仕事をとことん好きになれ。


稲盛和夫(京セラ・第二電電創業者)
1932年~2022年。鹿児島県出身。1959年、京都セラミック株式会社(現・京セラ)設立。2010年、政府の要請で株式会社日本航空(現・日本航空株式会社)会長に就任。経営塾「盛和塾」の塾長、公益財団法人稲盛財団の理事長も務めた。

人生でいちばん悔いが残るのは、
挑戦しなかったこと。

柳井 正(ファーストリテイリング会長・ユニクロ会長)
1949年~。山口県出身。早稲田大学卒業後、ジャスコを経て、父の経営するメンズショップ「小郡商事」(現・ファーストリテイリング)入社。1984年、「ユニクロ」の第1号店を広島市に出店、同年社長に就任。2023年、株式会社ユニクロの代表取締役会長に就任。

毎日毎日「勝ちたい」
という気持ちで
出社しなければならない。


ビル・ゲイツ(マイクロソフト共同創業者)
1955年~。アメリカ・シアトル出身。ハーバード大学在学中の19歳のときに、友人のポール・アレンとともに「Microsoft」を設立。2000年、妻・メリンダとともに「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を設立し、慈善事業に注力している。

できないと決めているのは
誰かというと自分自身なんです。
人は決めませんから。

髙田 明(ジャパネットたかた創業者)
1948年~。長崎県出身。得意の英語を活かして、世界各地で機械営業に従事。1974年、父が経営する「カメラのたかた」に入社。1986年に「株式会社たかた」を設立。1990年以降、ラジオやテレビのショッピング事業に参入し、通信販売事業の展開を本格スタートさせる。

仕事との向き合い方は成果やスキルに影響する

どの業界、どの企業にも、仕事を「生活の手段」だと割り切って取り組む人はいるだろう。その割り切りがモチベーションにつながることもある。しかし稲盛和夫氏の言葉のように「仕事を好きになる」ことに勝るものはないだろう。稲盛氏自身も、仕事が嫌になったことがあるというが「好きになる努力をした」のだという。どんな仕事でも一生懸命に取り組んでいれば、成果が出ることもある。それが自身への評価につながり、達成感、やりがいにもつながる。自分の仕事を「楽しい」「好きだ」と思えるようになれば、次の目標も見えてくるだろう。

なかなか成果が出ず、モチベーションが低下している社員はいないか、いま一度見渡してみてはどうだろうか。担当業務や部署を変えてあげるだけで力を発揮し始める者もいるかもしれない。新しい仕事が好きになれれば、一気に活躍人材に変貌することもありえる。

ビル・ゲイツ氏の言葉は、アスリートのメンタリティーに通じるものがある。毎日毎試合「必勝」の気持ちで臨むからこそ、最大限のパフォーマンスを発揮できるのだ。ゲイツ氏は「切羽詰まったときにこそ、最高の能力を発揮できる」とも言っている。アスリートも勝敗の分かれ目となる場面では「どうすればよいか?」と必死で考えて身体を動かし、勝利をつかむものだ。

これは建設業の現場でも通用する考えではないだろうか。長丁場となる現場、8時~17時の仕事の場合には「○分の1日」と考えてしまうこともある。しかし「今日は必ずここまで仕上げてみせる」「今日はこの技術を使って作業をしてみよう」などと、その日の自分にテーマやミッションを課してみる。そしてその達成が難しくなると「じゃあこうしてみよう」と考えてみるのだ。業務の効率化だけでなく、スキルアップにもつながるかもしれない。

[仕事術・事業戦略]編

10秒考えてわからないものは、
それ以上考えても無駄だ。


孫 正義(ソフトバンク会長兼社長)
1957年~。佐賀県出身。16歳で高校を中退して渡米。カリフォルニア大学バークレー校卒業後に帰国し、1981年に「日本ソフトバンク」を設立。2017年、ソフトバンクグループ代表取締役会長兼社長に就任。経済誌「フォーブス」の世界長者番付で世界第29位(2021年)。

物事を正しく見るには、
習慣や常識は邪魔です。

正垣泰彦(サイゼリヤ会長)
1946年~。兵庫県出身。東京理科大学在学中にレストラン「サイゼリヤ」開業。1973年、「マリアーヌ商会」(現・サイゼリヤ)を設立、代表取締役社長に就任(現・会長)。低価格メニュー提供で店舗数を飛躍的に拡大させる。2019年、旭日中綬章受章。

夢が非現実的であるほど
ライバルは減る。

ラリー・ペイジ(グーグル共同創業者)
1973年~。アメリカ・ミシガン州出身。スタンフォード大学在学時に出会ったサーゲイ・ブリンとともに検索エンジン「Google」を開発し、1998年「Google」を共同設立。2002年、世界経済フォーラムの「Global Leader for Tomorrow(未来のグローバルリーダー)」に選出。

重要なことに集中したいなら
ノーと言え。


スティーブ・ジョブズ(アップル共同創業者)
1955年~2011年。アメリカ・カリフォルニア州出身。1976年、友人のスティーブ・ウォズニアックらと「Apple Computer」を創業。革新的なパーソナルコンピューター「Apple II」「Macintosh」などを開発。2000年、Apple 社のCEO に就任。

専門家の言うことを鵜呑みにはしない。
時には素人の発想が正しいこともある。

安藤百福(日清食品創業者)
1910年~2007年。台湾出身。1948年、のちの「日清食品」である「中交総社」を設立。自宅の裏庭に建てた小屋で研究を重ね、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」や「カップヌードル」などの即席麺を開発した。

安いのが常識のモヤシが
「高い」と言われれば、
誰もが好奇心をくすぐられる。
「見てみたい」と思う人をつくるのが狙いなんだ。

大平喜信(雪国まいたけ創業者)
1948年~。新潟県出身。工務店や工場などの勤務を経て、1975年「大平もやし店」を創業。1982年からマイタケの栽培を始め、翌年「雪国まいたけ」を設立。1985年、代表取締役に就任。

他人を頼ることで効率はアップする

成功者といわれる経営者の中には、時間にとてもシビアな人も多い。孫正義氏はX(旧ツイッター)で、ユーザーからの提案に「やりましょう」と返答するスピードの速さでよく知られている。意思決定や行動がとにかく速いことで有名だ。しかし考える時間が10秒とは短すぎだが、これは10秒で諦めるという意味ではなく、その場合は他の人に聞くというのだ。他人の力を借りることで、時間のロスは減り、効率もアップするわけだ。

ひとりの能力には限界がある。何でも自分ひとりでこなそうとする人は考える時間も長くなってしまう。仲間と一緒に考えて結論を出すことが、成果への近道なのだ。

事業が好調なときに陥りやすいワナがある

スティーブ・ジョブズ氏の言葉には、優先順位が低く、不要なものは躊躇なく排除する思い切りのよさがあるが、これには「断る勇気」の必要性も表れている。仕事を引き受け過ぎてキャパオーバーになることを戒めているとも取れるが、大切なことに注力し、成果を出す方法を教えてくれている。事業が好調だと、それを拡大しようとすることがあるが、そのとき「それは本当にいま必要なことか?」と考えることも大切なのだ。「あれもこれも」になってしまっては、本当に大切な部分がおろそかになってしまうからだ。

素人のほうこそフレキシブルに発想

安藤百福氏や大平喜信氏の言葉からは、常識や定説を少し違う角度から眺めようという意思が読み取れる。

安藤氏は研究の末に大ヒット商品「チキンラーメン」の開発に成功した。麺についてはズブの素人だったが、「素人だからこそ常識を超えた発想ができる。人間はなまじ知識があるから本質がわからなくなる」とも語っている。知識のある専門家は、限界を知っていることも多く「これは不可能だ」と諦めるのも早い。素人のほうが、フレキシブルな発想ができるというのもうなずける。

新しいサービスや商品を開発する際、その分野に詳しい人にアイデアを求めることは必要だが、まったく知識のない人に意見を聞いてみるのもいいだろう。誰も思いつかなかったアイデアが出てくるかもしれない。

[組織づくり・モチベーション]編

会社経営の基本は
平等にあると思う。


本田宗一郎(ホンダ創業者)
1906年~1991年。静岡県出身。自動車修理工場勤務などを経て1948年、「本田技研工業」を設立し、オートバイ製造を始める。1973年、取締役最高顧問に就任。1989 年にはアジア人として初めて、アメリカの自動車殿堂入りを果たす。

部下と一緒に苦悩するのが面倒になって、
「適当にやっといてくれよ」と思うと、
部下は上司が吐き出すそういう空気を
敏感に読むものです。

松井道夫(松井証券前社長)
1953年~。長野県出身。一橋大学卒業後、「日本郵船」に入社。1987年、義父・松井武が経営する「松井証券」に入社。1995年、代表取締役社長に就任。1998 年、インターネット株取引システムの「ネットストック」を立ち上げ、ネット証券の草分け的存在といわれる。

「売り上げを伸ばそう」と言うよりも、
「すごいものを作ろう」と言う方が、
はるかに社員の心に響く。

青野慶久(サイボウズ社長)
1971年~。愛媛県出身。大阪大学卒業後、「松下電工」(現・パナソニック)入社。1997年、愛媛県で「サイボウズ」設立、2005年に代表取締役社長に就任。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーも歴任している。

部下が100人いるなら、
自分の偉さは101番目だ
と思える人が真のリーダーだ。


松下幸之助(パナソニックグループ創業者)
1894年~1989年。和歌山県出身。火鉢店、自転車店に奉公ののち、「大阪電灯」(現・関西電力)に見習工として入社。1918年、「松下電気器具製作所」(現・パナソニック)を創業。1946年に「PHP研究所」、1979年に「松下政経塾」を設立。

足元のゴミひとつ拾えない人間に
いったい何が出来るのでしょう?

鍵山秀三郎(イエローハット創業者)
1933年~。東京都出身。1962年、「ローヤル」(現・イエローハット)を設立し、代表取締役社長に就任。1998年、取締役相談役、2010年、退職。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴、独特の“掃除哲学”で社業を推進してきた。

人を熱烈に動かそうと思ったら、
相手の言い分を熱心に
聞かなければならない。

デール・カーネギー(作家)
1888年~1955年。アメリカ・ミズーリ州出身。作家でありビジネスセミナー講師として自己啓発、セールス、企業トレーニング、スピーチ、対人スキルなどの各種コースを開発。代表的な著書に『人を動かす』『道は開ける』などがある。

差別やえこひいきは企業の生産性を低下させる

本田宗一郎氏の言葉にある「平等」とは、肩書や階層をなくすということではもちろんない。社員同士、お互いに個人の違いを認め合い尊重すること、学歴などの属性にかかわりなく、やる気のある者には等しく機会が与えられることを意味している。そして本田氏はえこひいきを嫌った。特定の幹部や社員を特別扱いすることはしなかったのである。えこひいきは他の社員たちに嫉妬を生み、社内に無用な派閥を作り、部署間に壁をも作ってしまう。成果を上げている部署と、そうでない部署も平等に接しなければならない。そうでなければ成績のよい部署の社員は傲慢になり、振るわない部署の社員はやる気をなくし、卑屈になってしまう。当然、生産性にも影響する。本田氏はそのことをよくわかっていたのである。

このことは同時に、社員たちはトップやリーダーの振る舞いをよく見ているということも意味している。「社長は○○さんばかり褒める」などと思われると、トップへの信頼が揺らぐだけでなく、社員同士の関係もギクシャクしてしまう。トップは「部下たちに見られている」ということを常に意識して行動しなければならない。

業績向上を目標にしても社員の心には響かない

目標を設定する際、「前年比売上○%」「顧客満足度○○%」などと数値で設定している企業は多いだろう。具体的な数値は評価がしやすく、達成に向けたプランも立てやすい。しかし一方で、数値化できない業務もあり、そちらがおろそかになるというデメリットもある。青野慶久氏は数値による目標設定は記憶に残りにくく、社員の心にも響かないことを理解していた。数値よりも、自慢できる性能を持った製品の開発にワクワクしながら取り組む社員の姿を見て「目標は仕事を面白くするためのもの」だと気づいたのだ。たしかに数値による目標は、何か「追いかけられている」感があり、ときにはプレッシャーにもなってしまう。「いくつ売ろう」「いくら売り上げよう」だと、数字合わせに終始してしまう可能性もある。それよりも「こんなものを作ろう」「こんな製品で世の中を変えよう」という目標のほうが、自分の仕事にやりがいと自信を感じることができるのではないだろうか。

[人材育成]編

自分のポストを脅かす
部下を育てろ!


永守重信(ニデック(旧日本電産)会長)
1944年~。京都府出身。1973年、「日本電産」(現・ニデック)設立、代表取締役社長に就任。積極的なM&A 戦略を展開し、同社を世界No.1 の総合モーターメーカーに育て上げる。2014年、代表取締役会長兼CEO に就任。

人生とはその「今日一日」の積み重ね、
「いま」の連続にほかならない。

稲盛和夫(京セラ・第二電電創業者)

成功を祝うのはいいが、
もっと大切なのは失敗から学ぶことだ。

ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)

反省はしても、
萎縮はしない。

孫 正義(ソフトバンク会長兼社長)

今までの野球人生を振り返ってみると
「人間は恥ずかしさを感じることによって、
成長するものだ」とつくづく思う。


野村克也(元プロ野球監督)
1935年~2020年。京都府出身。1954 年、テスト生として南海に入団。1970年、選手兼任監督に就任。ロッテ、西武でも選手として活躍。引退後は解説者、ヤクルト、阪神、楽天などの監督を歴任。

人間を能力以下に置くのは、
むしろ罪悪である。

土光敏夫(経団連元会長)
1896年~1988年。岡山県出身。1920年、石川島造船所(現・IHI)に入社。社長として同社のほか東京芝浦電気(現・東芝)の経営再建に尽力する。1974年、経団連の第4 代会長に就任。生活ぶりは質素で「メザシの土光さん」と呼ばれた。

人材育成も重要なマネジメントスキル

自分のポジションが脅かされるからと、優秀な部下の存在を警戒する管理職社員がいる。そんな管理職は当然、部下を育てようとはしないが、永守重信氏はそんな上司について「組織のことがまるでわかっていない」と言い切る。

永守氏は、人材育成は企業の成長と深くかかわっていると考えている。会社の成長が止まれば「新入社員が迎えられなくなる」とし「その前の年に入社した社員は、いつまでも下っぱ社員」のままだという。するとその社員はいつまでたっても成長できない。自分が係長ならば部下を係長に育て、課長ならば部下を課長に育てる。部下を自分と同じポジションにまで育てることができれば、その上のポジションに昇格する資格があるというのが永守氏の考えだ。人材育成能力も貴重なマネジメントスキルのひとつなのだ。

「失敗は成功のもと」は決して嘘ではない

失敗をしてもそこから学び、同じ失敗を繰り返さないことが大切だ。部下の失敗に対して不寛容な上司は少なくはないだろう。最近はどの企業でも上司が部下を激しく叱責することは減っているようだ。パワハラにつながる懸念もあるが、何より部下を萎縮させてしまう。

孫氏の言葉は投資の失敗で巨額赤字を出してしまったときのものだが、これは人材育成にもあてはまる。反省は必要だが、萎縮させてはいけないし、してもいけない。失敗を恐れて新しいチャレンジができなくなってしまうからだ。

心に響く言葉には人生のヒントがある

偉大なことを成し遂げ、「成功者」と呼ばれる人は、それぞれに壁にぶつかった経験を持ち、それを乗り越えてきたからこそ成功がある。だからこそ、何気ない言葉にも重みがあり、私たちの心にも響く。先行き不透明な現代、前例のないことにぶつかることもあるだろう。そんなときに偉業を成し遂げた先人たちの言葉はひとつの道しるべになるはずだ。

今回はテーマ別に名言をまとめてみた。もしいま悩んでいることがあれば、ここに挙げた言葉の中にピンとくるものがあるかもしれない。きっとその言葉に、解決に向けたヒントが隠されているはずだ。


文・松本壮平 イラスト・大前壽生