建設現場において請負業者の代わりに現場全体の管理をおこなう現場代理人。建設業法では技術者資格等が義務付けられているわけではないが、現場代理人の“腕次第”で生産性や安全性、工事利益までも変わってくるという。
どんな現場代理人が必要なのか、どんな資質が求められ、どう育成すればよいのか、ここで探っていくことにする。
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建設現場において請負業者の代わりに現場全体の管理をおこなう現場代理人。建設業法では技術者資格等が義務付けられているわけではないが、現場代理人の“腕次第”で生産性や安全性、工事利益までも変わってくるという。
どんな現場代理人が必要なのか、どんな資質が求められ、どう育成すればよいのか、ここで探っていくことにする。
建設事業者にとっては“釈迦に説法”だが、「現場代理人」とは建設業法で定義されている呼称だ(図❶)。
「現場代理人の中には、現場に行って書類の受け渡しなどをおこなうだけの人もいます。それだけならば、たしかに社長が指名した人ならば誰でもよいのでしょう。しかし現場代理人の能力や経験などによって工事の生産性や安全性、ひいては利益にまで差が出てしまうことがあるのです」
近年よく耳にする“QCDSE”についても、現場代理人は管理できなければならないという。QCDSE とは、Quality(品質)、Cost(原価)、Delivery(工期)、Safety(安全)、Environment(環境)の頭文字を取った言葉だ。この中でもとくにQ、C、Dは「絶対条件」であり、これが管理できない現場代理人は「資質と要件を満たしていない」と中村氏は断言する。
「ただ単に仕様書や図面の通りに工事をおこなうだけで、現場がうまく進行するとは限りません。人材を効率的に動かし、諸条件の変化に的確に対応しながら、安全に作業を遂行することができなければなりません」
現場を常に厳しくチェックし、総合的に判断しながらあらゆる知識と行動力で工事を遂行し、適正な利益を上げる方向に導く能力が必要なのだ。
現場代理人も建設会社の組織の一員なので①は当然だ。社内の関係部署との調整のほか、原価管理やコストダウンにも努めなくてはならない。“経営者代理”ということは社長に代わって建設現場を経営・管理していくことが求められるのだ。②は施主や発注者、近隣などの第三者に対するものだ。満足してもらえる施工品質を提供できるようにしなければならない。また建設現場周辺の空気や水、地盤などへの影響や、騒音や振動、粉塵など周辺住民への配慮も怠ってはならない。③は現場で工事にあたる部下や協力会社などに対するものだ。実務指導者として工事の円滑な遂行に努め、現場内のコミュニケーションなどを調整する役目もある。
これらのことから考えると、現場代理人は「誰でもよい」わけではなさそうだ。「現場代理人は監理技術者(主任技術者)であり、現場統括責任者と考えるべき」であると中村氏。「施工管理技士などの資格保有者を配置するのがよい」という。
その上ですべてに共通することとして中村氏は「図面や現場を見て先を予測し、迅速に対処できる人」を挙げた。そして「現場を見て、どうすれば無駄を省いてより効率的に工事を進められるか、考えることができる人」であり、そんなことを考えることに「ワクワクできる人」なのだという。
「例えば現場によっては作業がやりづらいところも少なくありません。『掘り返した土はどこに置けば邪魔にならないだろうか?』『重機はどこに設置すれば可動域が広がるだろうか?』などと考えることが苦にならない、むしろそれを楽しめる人がいいでしょう」と中村氏。
たしかに建設工事の現場は、必ずしも作業がやりやすい場所とは限らない。機材や資材の搬入が困難なケースもある。知識の有無ではなく「着眼」であり、そういったことに気づき「どうすればよいか」と自然に考えられることが必要なのだ。
次に中村氏は「チームワークを重視できる人」を挙げた。現場での課題をひとりで解決しようとせず、協力会社や職人など、一緒に工事をおこなう人たちとともに考え、よりベストな解決策を引き出せる人がよいという。これができない現場代理人は「失敗も多い」と中村氏は話す。「基礎や外構、あるいは舗装や塗装など、専門性の高い協力会社や職人が関わっているはずです。経験もノウハウも豊富な彼らの意見を聞いて、課題を解決できる人でなくてはなりません。当然、調整力や説得力も必要になります」
そういった現場代理人は、協力会社や職人などからの信頼も得やすくなる。「こうやればコストは抑えられる」「この方法だとリスクが高くて危険だ」など、的確な意見を出してもらえるようにもなるだろう。逆に意見を聞かず、一方的に「こうしろ!」と指示していたのでは反感も生まれやすい。円滑に工事を進めていくためにも、この点は大切にしたいところだ。
現場で協力会社や職人の意見を聞くと、さまざまな意見(提案)が出てくるだろう。それらを集約してどの意見を採用するか、どうすべきかの最終判断は現場代理人がおこなう。そのため「決断力が必要」だという。
例えばこんな例がある。建設工事は自然現象に左右されやすく、天候や場合によっては災害に影響されることも少なくない。とくに夏場は、突発的なゲリラ豪雨などが現場代理人を悩ませることもあるようだ。
「インターネットなどで確認すれば、ゲリラ豪雨などは予測ができます。『雨は午後からだから、晴れている午前中にコンクリートを打ってしまおう』と作業に取りかかっても、例えば材料が届かないなど想定外のことがあって午後にまでずれ込んでしまうことがあります。そこでゲリラ豪雨に見舞われてしまえば作業はやり直しとなり、場合によっては数百万円の損失にもなってしまいます」
これは無理に工期を守ろうとした現場代理人の判断によるものだ。では雨雲レーダーなどを見ながら「今日は中止!」と早々に判断すればよかったのか。しかしそうとは言い切れないと中村氏は言う。
「結果、雨は降らなかったということもあります。占いのようなものであり、そのような博打的なことはやるべきではありません」。こういったケースでも現場代理人は、関係者と話し合うのがよいという。「意見を聞いた上で、決行でも中止でも、そのメリットとデメリットをよく見極めて決断するのです」
決断力とは「勇気と自信」だと中村氏。
「大切な決断は勇気が必要です。そしてその勇気はその現場代理人の実績や自信に裏打ちされています」
これらのことから考えると、やはり現場代理人は「誰でもよい」わけではないと言える。
先を見通す力、現場での調整力や説得力、より効率的かつ安全に進める力が現場代理人には必要だということがわかった。では実際にそのような力を発揮して活躍している現場代理人はいるのだろうか。ここでは少し視点を変えて、現場代理人の活躍事例を見ていくことにする。
①「ウルトラC」で工期短縮・コスト削減に成功
「ある鉄道の沿線、駅舎の目の前の建設現場でのこと」として中村氏は次のような事例を紹介してくれた。
「線路沿いの細く狭い道路に面した現場です。周辺には民家もあり、機材や資材の搬入が難しい現場でした。作業のスペースもほとんど確保できず、重機の使用も制限されてしまうと思われていました」
この工事は当初、8カ月から1年近くはかかるだろうと予想されていたが、実際には3カ月ほどで完了したという。一体何があったのか。
「現場代理人が現場に隣接する民家の家主と交渉して、その住居と土地を借りることができたのです」
③公共施設への寄付で感謝される
これはある公共工事を請け負った建設会社の事例だ。その会社では現場事務所に災害用の水や食糧を備蓄しているという。工事終了後、それらの備蓄品はまだ数年の賞味期限があったため「現場代理人が、余った備蓄食糧を近くの公民館に寄付したのです」。
その公民館からは感謝状が会社に贈られたという。地域貢献になっただけでなく「公共工事において公共性ある施設に寄付ができたということで、発注者である行政からもとても感謝されたのです」
④地域住民への貢献で協力を得る
ある現場の近くには農家があり、そこでキュウリを栽培していたという。
「現場代理人がその農家にかけ合って、キュウリを大量に購入し、それで浅漬けを作って作業員に提供したのです」
キュウリの浅漬けはそのほとんどが水分と塩分だ。作業員の熱中症対策という面があるのだが「それだけでなく、その農家が工事にとても協力的になってくれたのです」と中村氏。地域住民の家業や生活に資することを実践すると、工事への理解と協力が得られることもあるのだ。
これらは「着眼」だけでなく、現場での「創意工夫」がどれだけできるかということだ。
「現場ごとに状況は異なります。それに合わせて創意工夫をする、それを楽しみながらできることも、現場代理人のひとつの資質と言えます」
ここまでさまざまな事例を紹介してきたが、現場代理人の腕次第で、工事の効率や利益が左右されることがおわかりいただけただろう。ではそのような“腕前”を持つ現場代理人はどのように育てていけばよいのか。現場代理人の育成には、そのために体系化されたプログラムがあるわけではない。「現場での作業を通じてOJTで育てていくのがよい」と中村氏は話す。
「最近はITやAIの進化もあって、その技術に依存してしまう傾向が若い世代を中心に強くなっています。しかし建設現場は多種多様で、マニュアル通りにはいかないことも多いのです」
やはり“場数”を踏んでいかなければ、優秀な人材は育っていかないのだ。
「現場で作業をするのは生身の人間です。人間が機材や資材を使っているのです。最近は建設DXなどと言って、遠隔コントロールも導入されており、現場から離れた場所からも指示ができるようになっています。しかし、それらの機器を導入するのであれば、現場のことをよく知った上で活用すべきでしょう。協力会社や職人に的確な指示が出せるのも、現場を知っている現場代理人だけなのです」
工事が完了したあと、事業者の中には“工事反省会”を実施するところもあるという。
「工事ごとに『もっとこうすればよかった』という反省点が出てくると思いますが、それをみんなで話し合って共有し、次の工事に活かすのです」
それは現場での作業に関わることばかりではない。例えば高齢者が同居する住宅の工事では「図面には玄関前に階段のみが描かれていたのでその通りに作業をしたが、同時にスロープの設置も提案したほうがよかったのではないか」、あるいはホテル建設工事では「客室ドアの開閉の向きと室内灯のスイッチの位置がちぐはぐだったので改善を提案した」などといったことを共有していくのだという。その建造物を使う人の目線で考えて提案できるようにしていくのだ。「これができる会社はスキルも高まり成長していきます。同時にいい現場代理人も育っていくのです」
今後は優秀な現場代理人の必要性が高まっていくと中村氏は指摘する。
「道路などのインフラの経年劣化は避けられません。地球の気候変動は災害の被害規模を大きくしています。そのため公共工事がなくなることはなく、早急に着手しなければならない現場はむしろ増えていくでしょう」
しかし建設業界は入職者が減少傾向にあり、人手不足という課題がある。
「だからこそ、より合理的かつ効率的に工事を進めることができる現場代理人はますます求められてくるのです」
若年労働力の獲得とその育成も大切だが、同時に現場代理人も育てていかなくてはならない。建設DXの推進は若手の活躍の場を増やすことにつながるが、一方でベテラン層の経験に基づく「着眼」や「創意工夫」も継承していく必要があるのだろう。
監修=中村秀樹 文=松本壮平 イラスト=佐藤竹右衛門