住友建機株式会社SUMITOMO

【Vol.145】「退職予備軍」が「ヤル気社員」に変身!
インセンティブ
フル活用完全マニュアル

人材難にあえぐ産業界で今、注目されている「インセンティブ」。社員のヤル気を引き出して、労働生産性を高めるだけでなく、人材を確保する効果も抜群だ。
そんなお役立ちツールを使いこなす技を紹介しよう。

監修:井之上祐一/中村秀樹
文:野澤正毅
イラスト:佐藤竹右衛門

今さら聞けない……
「報奨」で生産性は高まるの?

 さまざまな業種で今、若者を中心とする人材の争奪戦が起こっている。大型工事がめじろ押しの建設業界でも、人手不足は深刻。とりわけ、社員が採用しにくい上に、離職しやすい地方の中小建設会社は、あの手この手で人集めに躍起となっている。そうした中、注目されているのが「インセンティブ」。人材獲得だけでなく、社員のヤル気を高め、労働生産性アップの強力な武器にもなるという。
 新聞や雑誌の経済記事にときどき出てくる用語なので、聞いたことはあるが、「どんな意味だっけ?」という人も多いのではないだろうか。そこで、インセンティブについて、簡単におさらいをしておこう。
 インセンティブとは英語で、「報奨」といった意味。「誘因」と日本語訳されることもある。経営学では、従業員の考え方や行動を変容させるプラスのきっかけのことだ。組織や仕事への忠誠心、労働意欲を高めるといった効果が考えられる。

インセンティブとモチベーションの関係

 米国の心理学者であるアブラハム・マズローは、人間の欲求を五つに分類する「欲求5段階説」を提唱した。五つの欲求とは、次元の低い順に、物欲や食欲などの「生理的欲求」、生活が保障される「安全欲求」、人間としての安らぎを得られる「所属と愛の欲求」、社会から認められたいという「承認欲求」、自分のやりたいことを成し遂げる「自己実現欲求」を指す。
 そして、五つの欲求を満たすものとして、次の五つのインセンティブが挙げられる。
 第一が、金銭など「物質的インセンティブ」。生理的欲求や安全欲求を満たす最低限必要なものだ。しかし、ある程度満たされると、労働意欲が向上しにくくなるともされている。
 第二が「人的インセンティブ」。社内外の良好な人間関係は、集団帰属意識を高めることで、所属と愛の欲求を満たす。
 第三の「評価的インセンティブ」は、文字通り従業員の仕事を認めることで、承認欲求に直結するほか、自己実現欲求にもつながる。
 第四の「理念的インセンティブ」は、経営理念や経営者の価値観に共感し、自分の仕事に意義や誇りを感じることで、承認欲求や自己実現欲求を満たす。
 第五の「自己実現的インセンティブ」は、文字通り、やりがいのある仕事を担当させ、達成感を与えるものだ。
 一方で、米国の心理学者であるフレデリック・ハーズバーグは、インセンティブが「動機づけ要因」と「衛生要因」に分けられると主張した。衛生要因は、与えられなければ不満を感じるが、与えられても満足度が高まりにくいインセンティブ。低次元の欲求を満たす物質的インセンティブなどが、それに当たる。
 動機づけ要因は、与えれば満足度が高まるインセンティブで、評価的インセンティブや自己実現的インセンティブなどが該当するという考え方だ。

報奨金で大切なのは「高額であること」よりも「与え方」

「お金」と「現物支給」を効果的に使い分ける

 インセンティブのベースになるのはズバリ、物質的インセンティブである「お金」。中小企業の人材管理に詳しく、建設会社を経営した経験もある経営コンサルタントの井之上祐一さんも、こう説明する。
「金銭は、欲求を満たす手段として、利用価値が高いからです。お金を貰って喜ばない社員はいないでしょう。それに金銭の場合、評価が客観的な数値で表されるのでわかりやすく、ヤル気に直結しやすいのです」
 とはいえ、気をつけたいのがお金の与え方。それにより社員のヤル気を、大きく左右してしまうのだ。
 さまざまな建設会社の経営をサポートしてきたワンダーベルの中村秀樹さんは、「社員に与えるとき、『このお金はインセンティブで、通常の給料とは違う』と明示するのがポイント。そうしなければ、ありがたみが伝わりません」と言い切る。例えば、経営者や職場の上長が、「金一封」のように“現金”を手渡しすると、社員も実感がわきやすい。その際に、「よく頑張ってくれたね」とねぎらったり、「これからも期待しているよ」と励ましたりすると、効果的だ。
 現金を渡すのが難しい場合も、給与明細の備考欄に記載するのでは、社員もピンとこない。インセンティブ用の明細書を別途、手渡ししたほうがいいだろう。

時にお金以上の効果をあげる「現物支給」

 物質的インセンティブとしては、高級食品や家電製品のような賞品を与えたり、レストランや旅行に招待したりするケースも考えられる。そうした“現物支給”も、活用次第では、お金以上に社員のヤル気を引き出すこともある。
「社長が日頃の感謝の気持ちを表すため、誕生日に社員にプレゼントを贈っている建設会社があります。記念日に記念品を受け取れば、記憶に刻まれやすいと言えます。しかも、プレゼントは、会社で渡すのではなく、自宅に送っているそうです。社員に家族がいれば、本人だけでなく、家族も感銘を受けるでしょう」(中村さん)
 旅行であれば、本人だけでなく、ペアで招待し、妻や恋人と一緒に楽しめるようにする。そうすれば、会社への感謝の念も強くなるというわけだ。
「インセンティブも、お金を与えるだけだと、どうしても無味乾燥になってしまいます。手間やコストはかかりますが、社員に印象づけるには、ときに賞品などを渡す“サプライズ”も有効です」(井之上さん)

「お金」と「褒め」の合わせ技で効果は2倍に!

カネ・モノ以外の基本が「声かけ」

 お金やモノ以外のインセンティブが、より社員のヤル気を引き出すこともある。そんな“プライスレスなインセンティブ”の代表が「褒めること」。承認欲求を満たす、立派なインセンティブなのだ。考課の書類で評価を上げたり、仕事の成績に対して表彰したりするのはもちろん、「日常の仕事の中で、ちょっとした褒め言葉をかけるだけでも、社員のヤル気を高めることになるのです」(井之上さん)。コストをかけずに、社員がヤル気を高めてくれるのなら、フル活用しない手はないだろう。
「インセンティブをせっかく与えるのなら、忘年会や懇親会といった社内のイベントのときにして、全員の前で社員を表彰するといいでしょう」(中村さん)
 お金と表彰の合わせ技なら、ヤル気を高める効果が倍増するだろう。
 社員のヤル気を引き出すプライスレスなインセンティブには、そのほか、社員を希望する部署に配属したり、責任ある仕事を任せたりするといったことも挙げられる。

ボーナスや変動給を与える際の注意点

 それでは、社内の仕組みに、インセンティブをどのように導入すればいいのかを考えてみることにしよう。
 まず確認しておきたいのが、人事制度におけるインセンティブの位置づけ。実は、既存の給与体系の中にもインセンティブが組み込まれているケースは少なくない。
 その代表が「ボーナス(賞与)」。文字通り「仕事を頑張ってくれた社員に支給する、固定給以外のインセンティブ」だ。一部の企業には、社員に自社株購入権を与える「ストックオプション」という制度もある。社員が頑張って会社の業績が上がり、株価が上昇すれば、社員も「値上がり益」を得られる仕組みだ。諸手当の中にも、インセンティブの性質を持つものがある。
「固定給は、貰うのが当たり前になり、ありがたみが薄れてしまいます。固定給に、インセンティブとしての変動給を組み合わせたほうが、社員のヤル気は高まります」(中村さん)
 すると、気になるのは、固定給と変動給の割合。営業職の歩合のように、変動給の比率を上げていったほうが、社員のヤル気は高まるようにも思える。しかし井之上さんは、次のように注意を促す。
「極端に変動給の割合を高めるのは考えもの。かえって、社員のヤル気をそいでしまうことも少なくありません。就職希望者が、待遇面で最も注目しているのが固定給です。社員は、納得できる水準の給与を安定的に得られなければ、仕事に不満を抱くようになり、離職していく結果になります」

職種によって内容を変えるのが正しい運用法

成果が見えにくい職種はどのようにフォローする?

 社員にインセンティブを与えるにしても、当然ながら、「全員同じやり方で」というわけにはいかない。職種や役割が、社員によって違うからだ。
 中でも営業職は、仕事の成果を「見える化」しやすい上に、会社に売り上げや利益を直接もたらすことから、インセンティブを付与しやすい。それに対して管理部門の社員は、仕事の成果が見えにくい。営業職ばかりにインセンティブを付与していると、「売り上げには私も貢献しているのに」などと、会社や営業部門への反感を抱きかねない。
「不公平感をなくすには、彼ら縁の下の力持ちの働きを評価し、インセンティブを与えることです。確かに、営業職に比べ評価基準はわかりにくいのですが、そこは工夫のしどころ。例えば人事担当者で、中堅の技能職を年内に3人採用するというミッションがあったのなら、それをどこまで達成できたのかを客観的に評価し、インセンティブの基準にします」(井之上さん)
 公平感のあるインセンティブ付与を行うなら、社員一人ひとりの能力アップの度合いを評価基準にするとよい。
 例えば、建機のメンテナンス担当者であれば、「機械の故障やトラブルを未然に防げるようになったか」、経理担当者であれば、「月次業務などの正確性と迅速性を向上させることができたか」
といった具合だ。
 総務・管理部門であれば、「備品管理の無駄をなくす提案を何件出したか」「新規採用のための企画を何件考えたか」といった評価基準も考えられる。提案者には報奨金を与えるほか、実現できた際には、さらにインセンティブを加えるとよいだろう。
 こうした「社内プレゼン」は、所属する部門に関係なく適用できるケースが多い。「新規開拓の提案」なども、営業部門に限らず全社員に募ることは可能だ。それにより、固定観念から脱却した新たなアイデアが出されることも期待される。

「チーム」に与えヤル気を底上げ

 インセンティブを個人に与えるのか、チームに与えるのかもポイントになる。中村さんによれば、「建設会社の営業職は、個人客向けの住宅メーカーなどを除いてチームで活動するので、個人にインセンティブを与えるケースは少ない」とのことだ。
「実際インセンティブは、全社員にバランスよく振り分けたほうが、モチベーションを最大化しやすいと言えます。そのほうが、公平感を保ちやすいからです。配分割合に決まりはありませんが、個人に与えるインセンティブは、会社への貢献度が低い一般社員には少なく、反対に、チームをまとめる管理職には多いのが、一般的な傾向のようです」(中村さん)
 なお、井之上さんは、「大手ゼネコンと違って、中小建設会社の場合、社員数も給与水準もまちまちです。インセンティブは、苦労して制度化しなくても、会社の業績や社員の実態に合わせて、経営者が鶴の一声で支給を決めてもいいでしょう」とも指摘する。

ここに注意!
インセンティブの「2大落とし穴」

 社員のヤル気を高めるのに役立つインセンティブだが、導入する際には、次の2点に注意しよう。そうしなければ、逆効果になりかねない。
 まず、社員の客観的な評価基準を確立し、それに基づいてインセンティブを与えるようにする。もし評価基準が曖昧なら、どうなってしまうのか?
 井之上さんはこう警告する。
「インセンティブが貰えなかった社員は当然として、貰えた社員も、ほかの社員よりも金額が少なければ不満を抱きます。しかも、『あいつは社長にゴマをすって、うまく取り入ったから貰えたんだ』などと、やっかむようになります。その結果、社員の士気を下げたり、足の引っ張り合いを生んだりします」
 もう一つが、社内のコミュニケーションを徹底することだ。評価基準をオープンにして社員に周知させることで公平感が高まり、評価に納得できるようになる。インセンティブが貰えなかった社員も、評価基準を参考にして、「次は自分も頑張ろう」と励みにできるだろう。
 評価基準はさまざまだが、具体例として、井之上さんが建設会社を経営していたときに使った「10の評価項目」を紹介しよう。大工やとび職など技能系社員を対象とした、一種のスコアボードだ。一人の社員を複数の現場代理人が採点することで、評価の客観性を高めている。
「評価基準は、シンプルで誰にでも使いやすいものがいいでしょう。私もこの尺度が一番役立ちました」(同)
 自社でインセンティブの導入を考えているなら、ぜひ参考にしていただきたい。