当社では造成工事を請け負うことが多く、切土や擁壁工事も行っています。宅地販売会社などの施主が設計しますが、不安に感じる施工箇所について、強化するよう進言しても「問題ない」と受け入れてくれないことがあります。万が一、擁壁崩壊などのトラブルが発生したとき、責任を負わされないようにするにはどうするべきでしょうか。
設計変更を聞き入れない施主……。
「明文化」で責任転嫁を防げ!
Q
A
2020年に神奈川県逗子市の住宅街で道路脇の斜面が崩落し、18歳の女子高生が巻き込まれて亡くなる痛ましい事故が起きました。
遺族は斜面の所有者であるマンションの管理組合に対し、損害賠償を求めて訴訟を起こすとともに、適切な管理を怠ったとして神奈川県を提訴しました。
斜面や擁壁のトラブルについては、施主が責任を負うということをまず知っておいてください。山林の造成地を買って、ログハウスをつくるのもいいですが、崖や擁壁があるなら、強度は問題ないかチェックすることが、施主には求められるのです。
擁壁の崩落は人命を奪う可能性がある危険な事故です。施主だけではなく、施工者も重要な責任を負っています。一般的に施工者が負うのは、図面・仕様にもとづき完成物を納める責任義務。これに反すると契約不適合(瑕疵)として、やり直しや契約破棄、費用の減額という処分を受けます。
それではご質問の通り、擁壁や石積みなどが土圧に耐えられず倒壊するかもしれないと施工者が判断したとき、どう対応するべきでしょうか。
危ないとわかっていながら、施主の設計通りに施工してトラブルが発生した場合、民法第636条の瑕疵担保責任を問われる可能性があります。自己防衛のためにも「危険だと判断したため、強化するよう設計の変更をお願いしたい」と、まずは施主にはっきり伝えるべきです。
それに対して施主が「問題ない」と突っぱねたり、「追加費用は出さない」といった場合、施工者側が進言した内容を明文化しておくことが大切。できれば「雨量が1時間で○ミリメートルを超えたら責任を持てない」「震度○以上では危険と判断する」など、具体的に記載しておくとよいでしょう。
実際に崩落事故が起きると、裁判で施主は「設計に問題はなかったが、施工が不良だった」と申し立てるかもしれません。そのとき、裁判所は専門家の見解をもとに判決を下すことが多いので、施工を請け負った以上「知らなかった」では済まされないと考えておくべきです。
また施工者が危険だと判断したとき、必要に応じて技術士保有の技術コンサルタントなどに依頼し、設計に不備はないか、危険度は問題ないか判定し、書面化してもらうのも手でしょう。
それでも施主が納得しない場合、被害者が出ると擁壁所有者の責任になることを改めて伝えてください。21年に発生した静岡県熱海市の土石流災害はまだ記憶に新しいですが、土地所有者と危険性を無視した熱海市が厳しく責任を問われています。
崩落後、手直し費用程度で済めばいいのですが、人的被害が出ると取り返しがつきません。人通りがあるような場所の斜面や擁壁はより安全性を追求するべきですし、施工者はその責任を負っています。安全性を軽視するような施主とは付き合わないことが最大の予防策かもしれません。
構成=吉村克己 イラスト=佐藤竹右衛門
解説
中村秀樹(なかむら・ひでき)
ワンダーベル合同会社 建設コンサルティング&教育
名古屋工業大学土木工学科卒業。大手ゼネコンにて高速道路、新幹線の橋梁工事などに従事。
建設マネジメントの実践、建設技術者教育で活躍。