住友建機株式会社SUMITOMO

先進技術を駆使し、現場を守れ!
ゼネコンの安全対策

前号では、主に現場での作業におけるリスクとその回避の方法をお伝えした。
では、現場のいわば監督者であるゼネコンは、安全確保のためにどんなことをしているのだろう?
今回は、その取り組みについてご紹介しよう。

死傷者数は減少傾向に! 奏功し始めた取り組み

建設業は元請けから下請けまでの重層構造で成り立っている。その頂点に立つのが総合建設業、いわゆるゼネコン(ゼネラル・コントラクター)だ。とりわけ、公共工事をはじめとする大規模な建設・土木事業は、ゼネコンが元請けとして事業全体を管理することが多い。もちろん、安全対策においても、事業者責任を担って積極的に取り組む必要がある。

建設業は、いまや“キケン”ではない!?

実際、ゼネコンの安全対策に対する取り組みは、近年かなり進んでいて、その効果も徐々に表れつつある。図表をご覧いただきたい(図表1参照)。2014年から20年までの労働災害発生状況を、建設業と全産業で比較したものだが、全産業の死傷者数が増加傾向にあるのに対し、建設業は減少傾向にある。また、死亡者数も14年から20年の減少率を比べると、全産業が約24%、建設業では約32%と、全体を上回る率で建設業が減っているのだ。

かつて3K(キツイ、キタナイ、キケン)とも呼ばれた建設業だが、少なくとも“キケン”に関していえば、ほかの産業に劣らないどころか、先行する形で対策が進んでいるといえるだろう。
その背景には、深刻な人手不足という課題への危機感がある。ニュースでも報じられているとおり、日本国内における生産年齢人口(15~64歳)は減少の一途をたどっており、今後も減っていくと予想されている。担い手確保の課題は、ますます深刻になっていくだろう。

一方で、建設業では女性や65歳以上の高齢者の就業率が増えているという事実も見逃せない。つまり、今後はこれまで以上により手厚い安全対策が求められる、というわけだ。

建設業のリーディング・カンパニーであるゼネコン各社でも安全対策を最重要課題の一つと位置づけ積極的に取り組んでいる。その結果として表れているのが、前述したような死傷者数の減少だろう。しかも、その取り組みは他産業と比べてもかなり先進的といっていいほどなのだ。

ゼネコンが取り組む安全対策3本柱
「DX・教育・コミュニケーション」

避けては通れない潮流を、ゼネコンがリードする!

ゼネコン・トップ5を指す、いわゆるスーパー・ゼネコンの一つである清水建設株式会社は、安全衛生管理基本方針の基本理念として次のように掲げている。「人命尊重、人間尊重の理念にたち、企業活動のすべての面において働く人の生命と健康を守ることを最優先とし、安全文化を定着させ、安全で快適な職場環境を形成する」
建設業においてもSDGs(持続可能な開発目標)が当然のごとく求められるようになった昨今、安全管理・対策もまた、その一環として欠かせないファクターであることは間違いない。

では実際、ゼネコンは建設現場の安全対策に、どう取り組んでいるのだろうか?
詳細は後述するとして、大きく次の三つの柱が立てられるように思われる。

 ●DXによる安全性の向上
 ●安全教育の充実による意識基盤強化
 ●コミュニケーションの向上によるリスク回避

なかでも、DX(デジタル・トランスフォーメーション)は、建設業界にとって避けては通れない潮流で、安全対策にも大きな効果をもたらすと期待されている。なぜなら、これを駆使することであとの二つ、教育やコミュニケーションという面においても大幅な進展を促すことができるからだ。

かつては、「アナログ体質」などとも揶揄された建設業界だったが、様相は変わってきている。先に紹介した清水建設が近年、「デジタル・ゼネコン」とも評されるのをはじめ、ゼネコンを中心に建設業者各社がDXを加速させているのである。

ゼネコンが危惧するリスクとは?

安全教育の重要性は、以前から言われてきた。もう半世紀前の1972年に制定された労働安全衛生法では、労働者への安全衛生教育が義務化されている。その一環として、いわゆる「安全大会」の開催を元請け業者に求める指導も行政サイドから行われていて、参加した経験のある方も多いことだろう。

しかし、残念ながらそれだけでは不十分なのも事実である。実際、なかにはおざなりに形だけのものもなくはない。また、このところの新型コロナ禍もあって、オンライン開催される例も多く、なかなか危機管理・安全管理意識が共有されにくくなっているのが現状だ。

また、建設業における労働災害の要因として、コミュニケーション不足、いわゆる「コミュニケーション・エラー」も理由の一つに挙げられる。確かに、さまざまな業者が出入りする建設現場では、十分なコミュニケーションをとることはなかなかむずかしい。また、多種多様な工程が同時並行的に行われていて、違う作業を行っている作業員同士の連携がうまく図れないことも少なくない。

ある分析によると、建設現場における災害の1割以上は、作業指示・打ち合わせなどの不備や、情報伝達の不足といったコミュニケーション・エラーによる、という指摘もある。

 では、こうしたリスクをゼロに近づけようというゼネコンの取り組みを具体的に見ていこう。

最新技術で死亡災害ゼロを目指す

AIを活用して危険を察知。重機関連の事故を防ぐ

国土交通省は、2016年から「i-Construction(アイ・コンストラクション)」というプロジェクトを推進している。これは、「『ICTの全面的な活用(ICT土工)』等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もって魅力ある建設現場を目指す」というものだ。いわば建設DXを加速させるためのきっかけにしようという取り組みで、もちろん建設現場の安全性向上も大きな目標の一つになっている。ICT(情報通信技術)やIOT(モノのインターネット)、さらにはAI(人工知能)を活用し、危険が伴う作業を無人化あるいは省人化して、リスクを極力ゼロに近づけようというわけだ。

こうした行政サイドの後押しもあって、建設業界のDXは比較的進んでいるほうともいえる。IT専門の民間調査会社であるIDC Japan株式会社が行った調査によると、建設・土木業でDXを全社的なテーマとして取り組んでいるのは26.3%で、金融業や製造業を抑えてトップだった(図表2参照)。

実際、DXを推進しようと独自に開発を進めるゼネコンも多く、とりわけ安全対策に活用しようという動きが目立つ。

例えば、大成建設株式会社がさる22年2月16日に発表した「T-iFinder」はAIを活用した高感度人体検知システムだ。クルマの自動運転などで用いられる画像処理技術を活用して、埃が舞っていたり、誤検知しやすい資機材があるような現場でも、高精度の人体検知が可能になるというもの。AIはコンパクトな建設機械搭載型で、危険を察知すると建設機械の自動減速・停止、警報発出等の制御を同時に行うことができる。

「当社ではかねて建設機械の無人化・自動化に取り組んでいました。それに欠かせない安全対策技術として開発したのが『T-iFinder』です。21年12月から自動化機で実用を開始しており、非自動化機についても一部現場で使用を始めています。固定カメラを活用することによって、クレーン荷下ろし箇所の周囲といった立ち入り禁止区域の監視や、建設機械の運転席から視認しにくいエリアの確認などにも応用が可能です」
と語るのは、大成建設技術センター生産技術開発部チームリーダーの青木浩章氏だ。AIに学習させるデータは、自社の現場を丹念に回って収集したというから、ゼネコンならではの開発方法といえるかもしれない。

前号でご紹介したとおり、建設業の死亡災害で最も多いのが、重機などに関係する災害。AIを活用した人体検知システムは、そうした死亡災害の低減に大きく貢献するに違いない。

集団から個へと、幅広い活用が可能!

もはやマストといっていい、デジタル技術の有効活用

建設機械の省人化・無人化が進む今後、こうした人体検知システムはマストの技術になっていくだろう。「明かり工事、大断面トンネルなど、環境ごとに“辞書(データベース)”を構築済み。各現場の環境に近い“辞書”が提供可能です。当面は自社での使用となりますが、将来的には外販も視野に入れている」(青木氏)そうだ。

ちなみに、大成建設グループでは、グループ行動指針で「安全で衛生的な職場環境を維持し、労働災害の防止に努めます」と掲げている。また、中期経営計画(2021~2023)のサステナビリティ関連の重点課題として、「死亡災害ゼロ、重大事故ゼロを達成する」と明記しており、安全対策への取り組みをさらに推し進める方針のようだ。

重機周辺に潜むリスクを回避する技術が進展する一方で、個々の現場作業員に対する管理においても、デジタル技術の応用が進んでいる。

株式会社大林組が開発したリストバンド型の作業員向け体調管理システム「Envital®」も、その一例。これは、建設現場の作業員の健康状態と作業場所の環境状況をクラウドによって一元管理し、作業員の体調管理を行うというもの。リストバンド型心拍センサーによって作業員の心拍数を取得し、体調をタイムリーに管理するシステムだ。大林組が独自に収集・開発した「暑さ指数ウォッチャー」というシステムと連携することによって、現場の環境や作業員の位置なども把握。特定の閾値を一定時間超えたときには、体調を崩す恐れがあるとして緊急アラートを表示したり緊急アラートメールを発信したりするという。作業者自身が体調不良を予知できることに加え、クラウドによって管理者が遠隔地でも管理できるので、適切な指導や声掛けも可能になるというわけだ。まさにICTを活用した安全対策の好例と言っていいだろう。

近年では、建設現場でゼネコン主導によるビジネスチャットの導入も進んでいる。大林組や株式会社竹中工務店などに導入されているのが、株式会社L is Bが提供する「direct」というビジネスチャット。とくに竹中工務店では、協力会社もつながるゲストモードを採用。作業指示や打ち合わせといった生産性の向上はもちろんのこと、危険性の認識・体調管理など安全対策の面でも活用されているという。デジタルは苦手という高齢の職能者などでも比較的簡単に使えるので、汎用性もいいらしい。建設業売上トップ20社の半数以上がこうしたビジネスチャットを活用しているともいう。

危険を察知し止めて防ぐFVM2+

住友建機のお知らせ機能付き周囲監視装置「FVM2」に、衝突軽減システム搭載のオプション「FVM2+」が登場した。新たに追加されたのは、危険を察知した際に、機械を自動で減速・停止させる先進システムだ。重機後方270°をひと目でチェック、アラームで知らせ、さらに自動減速・停止で危険を回避する先進の予防安全システムである。

要の教育に、さまざまな方法でアプローチ

肌で実感させることで安全意識のアップを図る

まずは図表をご覧いただきたい(図表3参照)。東京都内における建設業の労働災害での死亡者数を示したものだが、20年までは減少傾向にあったものの、21年に跳ね上がったのがおわかりいただけるだろう。

なぜ急に増えたのか? 要因として考えられているのが、新型コロナウイルス感染拡大の影響だ。つまり、コロナ禍によって管理者と作業員が現場で直接的に対面する機会が減り、その結果として、安全に関する教育や指導が減ったためではないか、ということである。
実際、建設現場における教育は安全確保のための重要なファクターで、とりわけ元請け業者であるゼネコンにとっては安全対策のための大きな柱であることは、前に記したとおり。

労働安全衛生法では、安全衛生教育を行うことを義務と想定し、元方事業者に対し、安全教育に伴う場所や資料の準備などの援助を行い、関係請負人は実施責任が発生する、としている。要するに、元請け事業者であるゼネコンは、安全教育のための取り組みを積極的に行うべし、というわけだ。
安全教育とひと口に言っても、その方法はさまざまなのだが(下のイラストを参照)、近年は各社工夫を凝らした斬新な取り組みも目立ってきている。

例えば、大林組は「安全体感施設」という研修施設を開設して、どんな危険があるか体感してもらおうという実践的な教育を行っている。18年9月13日、東京機械工場(埼玉県川越市)にオープンした施設で、延べ床面積は1260㎡ほど。玉掛けや重機、高所作業車、可搬式作業台関連など危険度の高い作業を抽出し、どのような動きが危険か、または安全かを実際に体感してもらおうというものだ。

対象は同社社員に加え、協力会社の関係者も含まれるという。同様の施設は大阪府枚方市にもあり、こうした実体験を通して労働災害・安全管理への意識を高めてもらおうとする試みが続けられている。現在はコロナ禍の影響があるものの、東京機械工場では通常、月2回のペースで研修を行っていたという。

危険を肌で実感する、いい意味での“アナログ感”は貴重な体験だろう。
一方で、DXによってより精度の高い危険予知を試みようという動きも進んでいる。鹿島建設株式会社が開発した「鹿島セーフナビ(K-SAFE)」は、危険予知活動にAIを導入した先進的な例だ。

リスクを知ることは、安全対策の第一歩!

過去に起きた類似作業の災害事例をAIによって解析、さらに“見える化”し、これから自分が行おうとする作業にどんな危険が潜んでいるか、そのリスクを広く共有しようというものだ。「鹿島セーフナビ」の開発にあたった同社土木管理本部生産性推進部生産情報グループ長の嵩(だけ)直人氏が、開発の背景を次のように話してくれた。
「当社の現場では、毎朝、朝礼の後、作業班ごとに危険予知(KY)活動というのを行っています。各作業にどういうリスクが潜んでいるか共有しているのですが、ともするとマンネリ化しかねないというのが課題でした。また、過去の災害事例を参考にすれば危険予知の精度も高まるのですが、該当する作業を探し出すのが大変、というのが実情でした。AIを活用することで、そうした過去の災害事例を視覚化し、危険予知活動の精度をさらに高いものにして、より充実させたいというのが狙いです」

危険予知がきちんとなされれば、安全対策も立てやすい。システム上に文章で入力した作業内容をAIが災害事例データと照合し、類似作業の災害傾向をグラフで表示してくれる(下の画像を参照)。提示されたグラフは、タブレットなどでも見られるので、現場でどのような危険があるのか共有できる。
「ゆくゆくは、スマートフォンとも連携させ、作業班長の方々も簡単に見られるようにしたいと考えています」と、嵩氏は話す。

AIがもたらした現場の新たな“気づき”

「鹿島セーフナビ」の肝は、AIに取り込まれたデータ量の多さだろう。鹿島建設が独自に保有する約5000件の事例に加え、厚生労働省が運営する「職場のあんぜんサイト」に掲載されているおよそ6万4000件もの事例が取り込まれている。
「当社の持っている事例は、作業内容と災害が分かれたマスで書かれているので照合はクリアなのですが、厚労省さんが持っている約6万4000件の事例は、作業内容と災害が一つの文章になっているので、どこで区切るのか、自然言語処理に工夫が必要でした。私どもでは今回、独自に開発した方法──特許も申請しているのですが──で処理しました」(嵩氏)

数多くのデータを解析することにより、現場からは思わぬ“気づき”があった、との声も寄せられているという。例えば、コンクリート養生作業。AIの解析によれば、一酸化炭素中毒の危険が潜んでいるとのこと。ベテランの技術者なら知っていることかもしれないが、経験の浅い若い技術者の中には予想だにしなかった人も少なくない。
アナログ、そしてDX……ここで紹介したのはわずかな例にすぎないが、工夫を凝らしたあらゆる方法で取り組んでいることがおわかりいただけるだろう。

楽しく、親しみやすくが意思疎通のコツ

スマホでいつでもどこでも誰でも簡単に安全教育

安全教育は、いわばコミュニケーションの一環でもある。どのような危険があり、それに対してどのような意識を持っているか、管理者と現場の作業員が普段から互いに意思疎通を図っておく必要がある。
ただし前述のように、昨今ではコロナ禍の影響もあって、なかなかうまくコミュニケーションがとれないこともあるようだ。

また、公共工事においては、現場での定期的な安全教育が義務付けられているが、これまではいわゆる紙ベースが基本だった。書類によって危険な作業を教示したり、あるいは簡単なテストのようなもので技能者の習熟度を測ったりというコミュニケーションをとっていたわけだが、ややもするとおざなりになってしまうことも。
「作業員の方が興味を失ってしまったり、また、元請けの管理者のほうも、ただでさえ忙しいのに採点の手間がかかってしまうといった課題がありました。もっと楽しく、かつ効率的に現場での安全教育ができないかと開発しました」

そう語るのは、前出の鹿島建設・嵩氏だ。同社が開発したのは、建設現場の技能労働者向け安全教育アプリ「みんなで学ぼう建設安全! どこでも安全アプリⓇ」である。すでに2021年4月から全国の土木工事現場で運用されているこのアプリは、技能者がスマートフォンで手軽に、安全に作業するための知識を学ぶことができるシステム。QRコードを読み取ってアクセスし、安全に関する問題を選択式で解答するもので、全現場共通の基礎的な100問で構成されている。

スマホを使って、誰でもいつでも簡単にアクセスできるので、Wi-Fiのある環境なら会議室や休憩所など、どこでも履修が可能だ。
「進捗度によってランキングが表示されるなど、競争意識を持ちながら取り組める仕掛けもしていて、楽しみながらやっていただけるのではないかと思っています」(嵩氏)。

教育やコミュニケーションといった側面でも、こうしたITやAIといった新技術を組み合わせながら、ゼネコン各社が新たなアプローチを試みていくのだろう。

最後に、これからの季節でリスクを増す熱中症について。図表をご覧になればわかるとおり(図表4参照)、建設業は全産業の中でも最も熱中症による死傷者が多い産業だ。その予防に欠かせないのが、コミュニケーションだといわれる。それはゼネコンだけではなく、サブコンや専門業者など協力会社においても肝に銘じておきたいところだ、ということを、付け加えておきたい。


取材協力=鹿島建設株式会社 大成建設株式会社
イラスト=有限会社のん・ぷろ
文=加賀新一郎