住友建機株式会社SUMITOMO

「働きがい」で定着率アップ!
社員が“辞めない”職場のつくり方

慢性的な人手不足に悩む建設業。
採用活動だけでなく、離職を抑えて人材の定着を促進することにも力を入れなければならない。
労働環境を改善して社員が“辞めない”職場をつくる必要があるのだ。
そのためには何をすればいいのだろうか。

建設業でも加速化する“働き手不足”問題

今年2025年は1947年~1949年に生まれた、いわゆる“団塊の世代”が75歳以上の後期高齢者となる年だ。働き手が不足し、さまざまな分野で深刻な社会問題が発生する可能性があるといわれている。建設業においても、例外ではない。熟練のベテラン層が多数離職してしまい、人手不足が一層深刻になる恐れがある。人材難解消のために採用活動に力を入れる企業もあるが、せっかく採用できても離職されてしまっては意味がない。

入社した社員が辞めることなく定着するためには、労働環境を改善することがその対策のひとつといえる。環境が悪いと離職率は高まるが、環境が良ければ「ここでがんばろう」と思える人も増えてくるはずだ。

建設技術コンサルタントの降籏達生氏は、労働環境の改善には「職場の“働きがい”を高める必要がある」と話す。
「“働きがい”というものは、①働きやすさ②やりがいの2つの要素で成り立っています。①はおもに給与や労働時間、休日などの条件面、②はやる気やモチベーションなどです。この2つのバランスが重要で、両面を改善していく必要があります」

「働きやすさ」と「やりがい」をバランスよく高める

“ぬるま湯職場”はNG。「見えにくい」部分の改革を

図❶❷を見てほしい。これは世界各国の「働きがいのある会社」を調査・分析しているGreat Place To Work®(グレート・プレイス・トゥ・ワーク)が作成したものだ。

これによると「働きやすさ」と「やりがい」がともに高い〈A・いきいき職場〉の業績がいいことがわかる。〈D・しょんぼり職場〉は論外だ。〈B・ばりばり職場〉はひと昔前の建設業界でよく見られた傾向だが、現在はあまり歓迎されていないだろう。これらのうち、とくに注目したいのは〈C・ぬるま湯職場〉だ。
「労働時間の短縮や多様な勤務形態、有給休暇取得の奨励など、働きやすさを追求する企業が増えています。とても大切なことなのですが、この図はそれだけでは業績向上につながらないことを意味しています」

2019年から順次施行されている働き方改革関連法の影響もあり、休日や勤務時間、給与など「見えやすい」部分にばかり目が向けられがちだ。しかし、それだけでは単なる休み方改革になってしまうと降籏氏は話す。
「生産性が低下して“ぬるま湯職場”になってしまう恐れがあります。モチベーションなど『見えにくい』部分も同時に改善していく必要があるのです」

働きやすさとやりがいがバランスよく高まることで、働きがいも高まる。離職を抑制して人材が定着すれば、企業イメージも向上して、採用活動にも好影響があるかもしれない。

アプローチは制度と風土の両面から

待遇良く安心して働ける環境づくりを

では、働きがいがあり、社員がいきいきと活躍できる労働環境はどのようにしてつくっていけばいいのだろうか。図❸は、働きがいを高めるための6つのポイントだ。

「これは、私が建設会社におこなってきたコンサルティングの成果に基づいてまとめたものです。6つのポイントを実践することで、離職を抑えて社員が定着する職場をつくることができます」

それぞれについて制度と風土の両面での改善が必須だが、風土面の改善がとくに難しいのだと降籏氏は言う。そして図❹は、これら6つを自社がどの段階まで実現できているかを確認するチェックリストだ。

まず図❸❹の1と2を見てほしい。これは“働きやすさ”につながる部分だ。

1・生存安楽の欲求
“待遇良く働きたい”という生存安楽の欲求を満たすためには、制度面ではICTの導入や多能工化などが効果的だという。それによって生産性が上がり、残業時間の削減にもつながるのだ。しかしそれはあくまでも制度面での話。風土面が整っていなければ意味がない。
「例えば上司が遅くまで会社に残っているために部下が帰りづらいということはよくあります。すると残業時間が減ることはなく、結果的に改善にはつながりません」

2・安全秩序の欲求
“安全に安心に安定して働きたい”という欲求のこと。制度面では手順書やマニュアルを整備することがあげられる。これらが整っていれば、まだ経験が少ない若手社員でも現場で安心して作業ができるだろう。風土面の改善としては、上司や先輩がわかりやすく指導したり指示を出してあげることが大切だ。

成長を実感し貢献意欲が芽生える職場へ

認められ喜ばれることが活力になる

3から6は“やりがい”につながる部分だ。仕事そのものや仕事を通じた変化に起因するものが多い。働きやすさに比べて目に見えにくいという特徴があるといえる。

3・集団帰属の欲求
一緒に働く仲間と良好な人間関係を保って“仲良く働きたい"という欲求だ。制度として、1on1ミーティングの実施や社内懇親会などで社員同士の信頼関係を高める一方、風土として「心理的安全性を高める改革も必要」だと降籏氏は話す。
「お互いに言いたいことを発言しやすい風土をつくることです」

4・自我地位の欲求
“認められて働きたい”という欲求のことだ。制度面では人事評価や表彰などの改善があげられるが、建設業の場合は成果物で評価することが難しい部分があるという。評価制度を整備・改善していくことも大切だが、それと同時に日常的に部下を褒めたり仕事を任せたりできるような風土をつくっていくことも必要だ。

5・自己実現の欲求
仕事を通じてその人が成長できる環境も大切。建築・土木技術者として技術的なスキルの向上や資格取得によるキャリアアップの機会が制度として整備されていることが必要だが、個々の社員が自ら学ぼう、成長しようと思える風土づくりも欠かせない。降籏氏は、学ぶ意欲を養って高めることの重要性を説く。社内での教育をコップに水を注ぐことに例えて「コップを上に向けることが育成であり、そこに水を注ぐことが指導」と話す。
「育成とは学ぶ意欲を高めることです。それがなければ、いくら水を注いでも、つまりどんな指導をしても成長することはないでしょう」

学ぶ意欲向上のためには、図❸の1から4を順番に、制度と風土の両面にわたって改善していく必要があるという。そして、人を育てるのではなく、人が育つ風土をつくっていかなければならない。そのためには上司や先輩は、模範的な態度を示す必要がある。何気ない行動や言動が、部下や後輩の成長意欲をそぐ恐れがあるからだ。

6・社会、顧客貢献
これは“喜ばれて働きたい”という欲求だ。建設業の場合は、見える形での成果物があるため実感しやすいのではないかと降籏氏は言う。「やりがい」に通じる部分でとても重要だが、業務によっては貢献意欲が高まりにくいものもあるとして、同氏はこんな事例を紹介してくれた。
「掘削工事会社の人から『やりがいを感じられない』という話を聞いたことがあります。掘削のあと、そこにマンションや高速道路ができるのですが、実際に成果物を目にする機会は少ないため、貢献欲求は満たされにくいでしょう」

ところがその人は「ある元請け会社の仕事にだけはやりがいを感じる」のだという。
「工事がすべて終わると、その元請け会社から完成写真が載ったハガキが届くのだそうです。そしてそこには『御社の的確な作業のおかげで素晴らしいマンションが完成しました。お客さまも大変喜んでおられます』と書かれているといいます」

たしかにそんなハガキをもらうと、やりがいを感じられるし、貢献意欲も高まるだろう。ちょっとした気遣いやアイデアで改善できる実例ともいえる。降籏氏は「最近は大手ゼネコンでも、協力会社の育成に力を入れているところが多い」と話す。
「自社の環境が改善されるだけでは仕事がうまく回っていかないことが認識され始めており、建設業界全体として、協力会社の環境にも配慮する流れが生まれているようです」

自社の社員だけでなく、協力会社や職人など外部の環境にも目を向けて改善活動に取り組む必要がありそうだ。

まずは社長自身が行動の変革を

利益追求だけでなく社会貢献できる企業を

ここからは労働環境の改善に成功している具体的な事例について、降籏氏に紹介していただくことにする。

ひとつは〈6・社会、顧客貢献〉につながるものだ。A工務店は従業員数が30人ほどの企業だが、100台ほどの車を停められる大きな駐車場を完備している。
「年に1回、5~7台ほどの献血車をその駐車場に集めて、地域の人々に献血の機会を提供しているのです」

つまり献血活動の促進に貢献しているのだ。近隣の人たちが献血をするためにA工務店の駐車場に集まってくるのだという。
「その日は社員の皆さんもたこ焼きや水ヨーヨー釣りなどの模擬店をやって、集客にひと役買っています」

地域住民との交流になるだけでなく、自分の会社は地域や社会に貢献しているという意識が生まれ、社会貢献意欲が満たされていくのだ。
「いい建設会社というのは利益追求ばかりでなく、社会貢献もできる会社です。そういうところは社員の定着も良く、業績も上がっているようです」

社員教育で売り上げも社員数も大幅増

次は、〈5・自己実現の欲求〉につながるものだ。B建設は、あることを実践したことがきっかけで、売り上げも社員数も2倍になったという。それが「社員教育」だ。
「それまでB建設は、教育というものをまったくやっていませんでした。しかし新入社員や若手、中堅、幹部、経営者など階層別にしっかりした年間計画を立てて教育を実施したのです」

そのことが、就職活動中の学生などに「B建設はしっかり指導してくれるらしい」と好印象を与えたという。
「採用活動にも好影響があって社員数が2倍になり、そして労働時間の短縮にもつながりました。業務効率が上がり、業績もアップしたのです」

部下に学ばせる前に上司が学ぶべし

さらに社員、とくに若手の定着が良くない企業が陥りやすい失敗として降籏氏は「若手の教育にばかり注力しがちな会社」をあげた。
「新入社員や若手も大切ですが、幹部や経営者自身の教育のほうがより重要なのです」
つまり部下を指導するスキルを養わなければいけないのだ。「上司が学ばず、部下だけ学ばせてもダメ」なのだという。

そのためには、経営者自身が意識も行動も変える必要がある。
「性格を変えることは難しくても、行動は変えることができます。社長自らが行動を変えることで、社内の風土も変わっていきます」

経営のトップが行動を変えることで、環境が変化することも多いのだ。

経営者の行動ひとつで社員の意識も変わる

そんな社長の姿を、部下たちはよく見ているものだ。降籏氏はC建設の社員から聞いた話としてこんな事例を教えてくれた。
「若手の人でしたが『うちの社長、毎朝一番に出社しているんですよ』と、とてもうれしそうに話してくれたのです」

社長が遅くまで残っているのはあまり歓迎されないものだが、一番に出社するのはそうでもないらしい。これには建設業特有のある事情が関係している。
「建設業は、本社や支店などに朝一旦集合して、それから各現場に出発することになります。つまり社長などの上司が部下と顔を合わせるのは朝だけ、というケースも少なくないのです」

朝一番に出社した社長が、順次出社してくる社員一人ひとりとあいさつを交わしながら「○○君は顔色が悪いな」「○○さんは元気がないが何かあったかな」などと様子を確認して、声をかけることができるのだ。「社員にとっては『社長は自分たちのことをちゃんと見てくれている』と思えて、それが安心感にもつながっているのです」

「継続は力なり」で改善の成果を

一朝一夕にはいかない。根気強く取り組む

労働環境改善には、まず経営トップ自らが意識と行動を変え、そして社内の制度と風土の両面を見直し、改革を進める必要がある。社内ルールの改正や新システムの導入などの制度面は取り組みやすく効果が現れるのも早い。しかし風土改革は一朝一夕にはいかないものだ。「会社の風土を変えたい」と考えている経営者は多いが、その場合に注意しておくべきことがあると降籏氏は強調する。
「勉強熱心な社長は、本やセミナーなどで学んだことをすぐに導入しようとしますが、大切なのはそれを最低でも10年は継続することです」

整理整頓をしよう、あいさつをしようなどと、新しい取り組みを始めても、すぐにやめてしまっては意味がない。次に何か新しいことをやろうとしても、社員は「どうせまたすぐにやめてしまうんだろう」と思ってしまい、結局は何も根付かないということにもなってしまう。

労働環境改善は、制度と風土、両面のバランスを考えながら取り組む必要がある。それだけにすぐに成果が現れるものではない。根気強く進めていく必要があるのだ。

ー C O L U M N ー
経営者は10年後を見据えた判断を


2010年前後はリーマンショックや東日本大震災、そして「コンクリートから人へ」という政府の方針もあり、建設業界全体の業績が低迷した時期だ。多くの建設会社が新規採用をひかえた時期でもある。そのため現在、30代の人材(2010年ごろは20歳前後)が不足している企業も少なくないという。

しかし降籏氏によると「それでも赤字覚悟で新規採用をした建設会社がある」という。そのときに採用された社員はそこで中堅幹部となり、多くの部下や後輩を指導する立場になっている。彼らは「この会社は厳しいときでも私たちを採用してくれた、素晴らしい会社なんだ」ということを若手社員にも伝えているというのだ。「その会社は若手の離職も少なく、定着もいい」のだという。10年後、20年後を見据えた、経営者の判断の賜物といえるだろう。


監修=降籏達生 文=松本壮平 イラスト=丸山哲弘

お話を伺った方

降籏達生(ふるはた・たつお)
ハタ コンサルタント株式会社代表取締役。
技術士(建設、総合技術監理)、労働安全コンサルタント、建設技術コンサルタント。
1961年兵庫県生まれ。大阪大学工学部土木工学科卒業後、熊谷組を経て現職。研修コンサルティング実績は25 万人を超える。『建設版 働き方改革実践マニュアル』『今すぐできる建設業の工期短縮』(ともに日経BP)など著書多数。