当然のことかもしれないが、力士の日常を語るときの親方は、優しい。同じ土俵に上がった者への同志愛が、言葉の端々からひしひしと伝わってくる。 大相撲では、年間90日の本場所に加え、年に60日の巡業がある。巡業先では、毎日のように移動するハード・スケジュールをこなさなくてはいけない。 この日々を支えるのは、身体を強くすること、すなわち毎日の稽古である。
力士の日課は、午前5時の起床からはじまる。ストレッチをして、固くなっている身体をほぐす。しばらくひとりっきりの稽古がつづいて、さらに土俵でぶつかり合う。終わればまたストレッチ。その後に食事をして、しばらく横になるわけである。 昼寝と一口に言うけれど、親方は、「力士はこうして身体を休めないともたない鍛え方をしているのです」と解説する。 しかも、その鍛え方は、人間の身体を強くするという点で、きわめて理にかなっている。マシンや道具を一切使うことなく、四股を踏んだり、テッポーで突っ張りの威力をつけたり、すべて自分の身体だけで鍛えるのである。その結果、力士であれば、だれもが股割りができるようになる。他のスポーツでは、一流の選手は別として、無理な話であろう。
そこで、親方は強調する。 「股割りができてはじめてバランスが保てる。スポーツの基本はバランスです。筋力とかは、その後ですね。こうして、いちばん基本になる鍛え方をしているスポーツが、日本にあるのです。日本人は、それを誇りにすべきだと思います」
力士から「ステップアップ」して、若い人々を育てる立場になった現在、黙々と稽古に励む後進の力士たちが、幻滅しない環境、努力が報われる場を用意する必要があると、痛切に感じる。「土俵に上がった人間のひとりとして、彼らが少しでも余裕をもって相撲に打ち込めるようにしてあげたい」
相撲界の課題を熱っぽく語る元横綱の表情が和らいだのは、ちゃんこの話題になったときである。 「下(下っ端)のころは、おかずもなくて、ちゃんこ鍋の寄せ合いだけでした。鶏、豚、野菜、しいたけ、ごぼう、なんでもはいっていたな。これで済むんだから合理的でしょ。ちゃんこって、どんな意味か知ってますか」 「ちゃん」は父親、「こ」は子だという。親と子つまり師匠と弟子をつなぐ鍋、それがちゃんこなのである。15歳ぐらいの少年が見ず知らずの師匠の弟子になり、きびしく育てられて、一人前になっていく。 「だからこの世界って、ずっと男社会なんです。他とはちょっとちがう、ユニークでけっこうおもしろいやつがいっぱいいるんですよ」と話す親方は、相撲がおもしろくて仕方がないという風情であった
元横綱・貴乃花、どんな「ちゃん」になっていくのであろうか。
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